2015年2月17日火曜日

第53章 それから

--それから」は夏目漱石が1909年(明治42年)に「朝日新聞」に連載した長編小説。30才になる独身の男性・長井代助の感情と思索の跡をたどった作品。「三四郎」「」とともに漱石の前期三部作と言われることもある。(まとめ・渡部)-- 

W 今回は夏目漱石の書いた「それから」という作品です。新潮文庫ですと、本文だけで344ページもあります。長編小説ですね。漱石の作品は、青空文庫に現在104点公開されています。この小池さんとのブログでは、「野分」という小説と「道楽と職業」という講演記録を取り上げたことがありますから、今回が3回目になります。
 小池さんは、この小説、前にも読んだことありましたか?
K いえ、今回が初めてでした。
W 今回読んでみて、どんな感想を持ちましたか?
K 優柔不断という言葉を長い小説で表した、という印象です。
W 「優柔不断」って、良い言葉ですね。そういう人、好きだなあ。僕は30歳の頃、初めて読んで、その後、2,3回読み返したことがありました。1985年に公開された森田芳光監督の映画も見たことがあります。その年の「キネマ旬報ベストテン」の第一位でした。
K 映画にもなっているんですね。
W 長い小説ですけど、事件らしきものはあまりおこらないんですよね。描かれている期間も長くない。長井代助という30歳の青年とその周辺を描写しています。
K 内容は、大きいことから小さいことまで、主人公の考えていることが中心ですね。

   『それから』予告
 色々な意味に於(おい)てそれからである。「三四郎」には大学生の事を描たが、此小説にはそれから先の事を書いたからそれからである。「三四郎」の主人公はあの通り単純であるが、此主人公はそれから後の男であるから此点に於ても、それからである。此主人公は最後に、妙な運命に陥る。それからさき何うなるかは書いてない。此意味に於ても亦それからである。 
       (夏目漱石『それから』予告1909より)

W 上の引用は、漱石がこの小説を連載する前に朝日新聞に載せた予告です。これで全文ですが、有名な文章で、いろいろな人に引用されています。300ページ以上の作品を簡潔に説明しているんですが、過不足なくて見事です。それから、予告を書いた時点で、作品の構想が最後の部分まで、はっきりできていたことがわかります。いきあたりばったりではない、というか。
K 新潮文庫の柄谷行人の解説でも引用されていますね。

 今の人々の作物を読んで見るとーー勿論一二の人を除いてーー描かれて居る人物が何だかかうリヤルでない様な気がする。馬鹿々々しいそんな人間は此の世の中に存在して居ない様に思はれる。だから興も起らなければ又同情も惹かない。即ち虚偽の様な架空の様な気がするのである。然し自分が今茲(ここ)でリヤルと云ふのは実際世間に在る人其儘(そのまま)と云ふ意味ではなくて、作者の想像に依って作られた架空の人物でもいいからそれが読者をして今迄嘗て見たことも聞いたことないけれど世界の何処かにそんな人が在る様に思はせる其力を云ふので、之がなければ其作物は全然価値のないものだろうと思ふ。
(夏目漱石「作中の人物」、1906、漱石全集第25巻、岩波書店、195ページより)  

W 上の引用は、「それから」の3年前に漱石が口述した「作中の人物」です。小説には、リヤルな人物が必要と言っています。「それから」の主人公も、漱石にとっては、世界中のどこかに間違いなく存在する、現代の青年だったのでしょう。「こういう人間は絶対にいる」という確信を持って書いたというか。
K はい。
W あと、この小説には実在の人の名前や事件がそのまま出てきます。当時の汚職事件、日糖事件や幸徳秋水、大隈重信、広瀬中佐とか。小説内の架空の人物が、実在の事件や人間についてしゃべるんですから面白いですよね。「それから」の前に朝日新聞に掲載されていた小説の感想なんかも、主人公の代助がしゃべり始めます。途中からあまり読まないようになったとか。虚実入り交じって、当時の読者には興味深かったんじゃないかな。こうした部分では、漱石と代助が限りなく近づくというか、「代助の意見は漱石の意見」というように読めましたけど。
K 新聞で読んでいた読者へのサービスですね。
W なるほど。森鴎外の「青年」という小説にも、鴎外らしき人物や漱石のような人間が出てきますけど、さすがに名前を少し変えてますからね。漱石は大胆。
K そうですね。

誰か慌ただしく門前を駆けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎(まないた)下駄が空から、ぶら下っていた。けれども、その俎下駄は、足音の遠退くに従って、すうと頭から抜け出して消えて仕舞った。そうして眼が覚めた。
                 (夏目漱石「それから」より)

W 上の引用は、この小説の冒頭部分です。あまり事件が起こらない分、代助の内面描写や思考の動きは、さまざまな形で表現されています。

翌日眼が覚めると、依然として脳の中心から、半径の違った円が、頭を二重に仕切っている様な心持がした。こう云う時に代助は、頭の内側と外側が、質の異なった切り組み細工で出来上っているとしか感じ得られない癖になっていた。それで能く自分で自分の頭を振ってみて、二つのものを混ようと力(つと)めたものである。
                   (同上)

W 上の部分なんて、僕は面白かったなあ。漱石の「道草」や「明暗」なんかは、群像劇というか、いろんな登場人物の人間関係が主に描かれているけど、この「それから」はあくまで代助の頭の中や心の内を描くことに主眼があった。他の登場人物は、どこまで行っても脇役です。僕は「長井代助の物語」と副題をつけてもよいくらいに思ったんですけど、どうでしょう?
K たしかにこの一冊を読むと、代助の好きな物とか嫌いな物とか、どんな人かだいたい分かりますね。
W それから、漱石と代助の関係なんですけど、小説全体を通して、漱石は非常に強い共感を持って、この主人公を見ているように思いました。彼を批判するような描写がほとんどない。そこは「道草」や「明暗」という後期の作品と大きく違う。「道草」なんて、自分のことを書いているのに、主人公に批判的な描写がずいぶんありますからね。
K そうですか。

実際彼は必要があれば、御白粉さえ付けかねぬ程に、肉体に誇りを置く人である。彼の尤も嫌うのは羅漢の様な骨骼と相好で、鏡に向うたんびに、あんな顔に生まれなくって、まあ可かったと思う位である。その代り人から御洒落と云われても、何の苦痛も感じ得ない。それ程彼は旧時代の日本を乗り超えている。
                (同上)

W さきほど、この小説をもとにした森田芳光監督の映画「それから」について、ちょっと触れましたけど、代助を演じたのが松田優作なんですよね。上の部分の記述なんか読むと、松田優作の代助、ピッタリです。
森田、松田のコンビは「それから」の2年前に「家族ゲーム」という、とても面白い映画を作りました。こちらも青春映画ですが。明治の青春と昭和の青春。この2つの映画の松田優作の喋り方が似ているところがあって、ちょっと笑ってしまいました。相手に顔を近づけて、ささやくような感じというか。
残念ながら、森田さんも松田さんも若くして亡くなってしまったんですけど。森田芳光監督は、インターネットの前身のパソコン通信で交流する若者を描いた「(ハル)」とか、詐病を扱った「39  刑法第39条」とか、おもしろい映画がたくさんあります。
K 「間宮兄弟」なんかも面白かったです。
W それは見てません。わりあい最近の映画ですよね。
次のところは、大学時代の友人で、銀行に就職した平岡という人物とお酒を飲んでいる場面です。平岡は勤め先を数年で辞めて、新たな就職先を探しています。

「人気(ひとけ)のない夜桜は好いもんだよ」と云った。平岡は黙って盃を干したが、一寸気の毒そうに口元を動かして、
「好いだろう、僕はまだ見た事がないが。――然し、そんな真似が出来る間はまだ気楽なんだよ。世の中へ出ると,中々それ所じゃない」と暗に相手の無経験を上から見た様な事を云った。代助には其調子よりも其返事の内容が不合理に感ぜられた。彼は生活上世渡りの経験よりも、復活祭当夜の経験の方が、人生に於て有意義なものと考えている。其所でこんな答をした。
「僕は所謂処世上の経験程愚なものはないと思っている。苦痛があるだけじゃないか」
 平岡は酔った眼を心持大きくした。
               (同上)

「そんな事を云って威張ったって、今に降参する丈だよ」
「無論食うに困る様になれば、何時でも降参するさ。然し今日に不自由のないものが、何を苦しんで劣等な経験を嘗(な)めるものか。印度人が外套を着て、冬の来た時の用心をすると同じ事だもの」
 平岡の眉の間に、一寸不快の色が閃めいた。
               (同上)

W ここなんか、漱石が描きたかった当時の現代青年の心情なんだと思いますが、100年以上経った平成の青年にも、充分当てはまります。というより、明治期にはごく一部の、裕福な家庭の子弟に限られていた生き方だったんでしょうけど、今では、普通にみることができる光景ですよね。
K もちろん今でも裕福な家庭の子弟に限られる生き方ですよ。心情と生き方は分けて考えないといけません。
W なるほど。
 
代助は月に一度は必ず本家へ金を貰いに行く。代助は親の金とも、兄の金ともつかぬものを使って生きている。月に一度の外にも、退屈になれば出掛けて行く。そうして子供に調戯(からか)ったり、書生と五目並をしたり、嫂(あによめ)と芝居の評をしたりして帰って来る。
                   (同上)  

 代助は二人の子供に大変人望がある。嫂にも可なりある。兄には、あるんだか、ないんだか分らない。たまに兄と弟が顔を合せると、ただ浮世話をする。双方とも普通の顔で、大いに平気で遣っている。陳腐に慣れ抜いた様子である。
 代助の尤も応えるのは親爺である。
                  (同上)

W このあたりは、代助の日常生活を描いています。彼の実家は、本当にお金持ちなんですよね。漱石の小説の主人公の中では、一番裕福なんじゃないかな。前にこのブログで取り上げた小説「野分」の2人の主人公、白井と高柳なんて、本当に貧乏でね。
漱石の作品の主人公は、インテリなんだけど、経済的には恵まれない人間が圧倒的に多いですよね。漱石本人も家が裕福だったわけじゃない。そういう意味じゃ、この「それから」という作品は特異です。でも、そういう設定にしないと、この作品自体が成り立たないようにも思えます。
K それはそうですね。援助を受けていることに多少罪悪感を感じるくらいの微妙な金持ちだったら、また話が変わってきたでしょうね。
W あはは、なるほどね。「微妙な金持ち」って、おもしろい言い方ですね。
それから、代助が父親以外とは良好な人間関係を築いていることも書かれています。特に、兄の息子の中学生の誠太郎や、代助が個人的に雇っている書生の門野との会話の部分なんかは、とても楽しそうです。自然な感情がおだやかに流れ出ているというか。 
K はい。
W ただ、ちょっと思ったのは、代助と門野の違いはなにかということなんです。代助は大学を優秀な成績で卒業しています。門野は、代助より若くて、大学には行っていない。あとは、何が違うんでしょうね。結局、実家にお金があるかないかという話に落ち着いちゃうんじゃないか、と思ったんですけど。本質的な差違ではなくて。
K そうですね。

老人は今こんな事を云っている。――
「そう人間は自分丈を考えるべきではない。世の中もある。国家もある。少しは人の為に何かしなくっては心持ちのわるいものだ。御前だって、そう、ぶらぶらしていて心持の好い筈はなかろう。そりゃ、下等社会の無教育なものなら格別だが、最高の教育を受けたものが、決して遊んでいて面白い理由がない。学んだものは、実地に応用して始めて趣味が出るものだからな」
「そうです」と代助は答えている。親爺から説教されるたんびに、代助は返答に窮するから好加減な事を云う習慣になっている。代助に云わせると、親爺の考は、万事中途半端に、或物を独り勝手に断定してから出立するんだから、毫も根本的の意義を有していない。しかのみならず、今利他本位でやってるかと思うと、何時の間にか利己本位に変っている。言葉丈は滾々(こんこん)として、勿体らしく出るが、要するに端倪(たんげい)すべからざる空談である。それを基礎から打ち崩して懸かるのは大変な難事業だし、又必竟出来ない相談だから,始めより成るべく触らない様にしている。
                   (同上)
 
W 上の部分は、親子の行き違いを描いてますけど、代助の「成るべく触らない様にしている」というのは、上手な方法ですよね。黙って逃げちゃうというか。僕も若い頃はよくやりました。黙っていると、困難な状況をすりぬけることができる。半分以上、無意識だったと思うけど。
K 僕もこのブログでのお相手はそういう感じですね。

「だからさ。衣食に不自由のない人が、云わば、物数奇による働らきでなくっちゃ、真面目な仕事は出来るものじゃないんだよ。」
                   (同上)

W ここのところは、36章で取り上げた「道楽と職業」という漱石の講演でも、表明されている考えですよね。「人のためじゃなくて、自分のために働く」「物数奇で働く」のが良いんだと主張されています。反対の意見をもつ人も多いと思いますけど。
K でもなかなか説得力があります。

代助は凡ての道徳の出立点は社会的事実より外にないと信じていた。始めから頭の中に硬張った道徳を据え付けて、其道徳から逆に社会的事実を発展させ様とする程、本来を誤った話はないと信じていた。従って日本の学校でやる、講釈の倫理教育は、無意義なものだと考えた。彼等は学校で昔し風の道徳を教授している。それでなければ一般欧州人に適切な道徳を呑み込ましている。此劇烈なる生活欲に襲われた不幸な国民から見れば、迂遠の空談に過ぎない。此迂遠な教育を受けたものは、他日社会を眼前に見る時、昔の講釈を思い出して笑ってしまう。でなければ馬鹿にされた様な気がする。代助に至っては、学校のみならず、現に自分の父から、尤も厳格で,尤も通用しない徳義上の教育を受けた。それがため、一時非常な矛盾の苦痛を、頭の中に起した。代助はそれを恨めしく思っている位であった。
               (同上)

W ここなんか、社会学的な考え方ですよね、社会的事実の尊重という。学校での倫理教育や道徳教育を批判しています。
K はい。

「何も己(おれ)の都合許りで、嫁を貰へと云ってやしない」と父は前の言葉を訂正した。「そんなに理屈を云うなら、参考の為、云って聞かせるが、御前はもう三十だろう、三十になって、普通のものが結婚をしなければ、世間では何と思うか大抵分るだろう。そりゃ今は昔と違うから、独身も本人の随意だけれども、独身の為に親や兄弟が迷惑したり、果ては自分の名誉に関係する様な事が出来したりしたら何うする気だ」
代助はただ茫然として父の顔を見ていた。父は何の点に向って、自分を制した積りだか、代助には殆んど分らなかったからである。
             (同上)

W 父親は社会を代弁したようなことをいうんですが、結局、政略結婚というか、代助を自分の知り合いの金持ちの娘と結婚させて、長井家の経済的地盤をより強固にしたいと考えています。
K ええ。
W 代助の考え方はずいぶん前に進んでますね。「父親のいうことの意味がよくわからない」なんてところもあります。100年以上も前の新聞小説ですけど、主張はラジカルです。当時の読者がこのあたり、代助の考えにどんな意見を持ったか、大変に興味深いところです。結婚について、代助の父親と同じようなことを言いそうな親御さん、今でもいそうだけど。
K でも100年前に言っているからすごいというのも陳腐な考え方かもしれませんね。
 
此根本義から出立した代助は、自己本来の活動を、自己本来の目的としていた。歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。考えたいから考える。すると考えるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩いたり、考へたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てて。活動するのは活動の堕落になる。従って自己全体の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、自ら自己存在の目的を破壊したも同然である。
(中略)これを煎じ詰めると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動していたのである。そうして、他を偽らざる点に於てそれを尤も道徳的なものと心得ていた。
                  (同上)

W 余計な計らいをもつのはよくない。自然のまま、何も考えないのが一番良いということかしら。目的のない行為がもっとも道徳的だと言っています。
K 何も考えないっていうのとも、少し違うでしょう。
W 「作為を持たない」と言い換えても良いんだけど。

もし馬鈴薯(ポテトー)が金剛石(ダイヤモンド)より大切になったら、人間はもう駄目であると、代助は平生から考えていた。向後父の怒に触れて、万一金銭上の関係が絶えるとすれば、彼は厭でも金剛石を放り出して、馬鈴薯に噛り付かなければならない。そうしてその償には自然の愛が残る丈である。その愛の対象は他人の細君であった。
                 (同上)

代助は昔の人が、頭脳の不明瞭な所から、実は利己本位の立場に居りながら、自らは固く人の為と信じて、泣いたり、感じたり、激したりして、その結果遂に相手を、自分の思う通りに動かし得たのを羨ましく思った。自分の頭が、その位のぼんやりさ加減であったら、昨夕の会談にも、もう少し感激して、都合のいい効果を収める事が出来たかも知れない。彼は人から、ことに自分の父から、熱誠の足りない男だと云われていた。彼の解剖によると、事実はこうであった。人間は熱誠を以て当って然るべき程に、高尚な、真摯な、純粋な、動機や行為を常住に有するものではない。それよりも、ずっと下等なものである。その下等な動機や行為を、熱誠に取り扱うのは、無分別なる幼稚な頭脳の所有者か、然らざれば、熱誠を衒って、己れを高くする山師に過ぎない。だから彼の冷淡は、人間としての進歩とは云えまいが、よりよく人間を解剖した結果には外ならなかった。彼は普通自分の動機や行為を、よく吟味して見て、そのあまりに、狡るくって、不真面目で、大抵は虚偽を含んでいるのを知っているから、遂に熱誠な努力を以てそれを遂行する気になれなかったのである。と、彼は断然信じていた。 
                (同上)

W 代助はできるかぎり考え抜いて、虚偽にとらわれる部分を少なくしようとしています。またここでは、さきほどもでてきた利己本位と利他本位のことについて考えています。実は利己主義でやっているのに、頭がぼんやりしているから、自分では利他主義だと思って、行動に迫力がでて成功してしまう。熱誠の正体はその辺りにある。自分はそれが虚偽であるとわかってしまうから、冷淡にならざるを得ない。
「熱誠」と「冷淡」が対立し、自分は「冷淡」を取ると。「吾輩は猫である」でも出てきましたけど「冷淡」は漱石のキーワードの一つです。よかったですね、小池さん。
K よかったです。よくわかる考えです。

兄の去った後、代助はしばらくして元のままじっと動かずにいた。門野が茶器を取り片付けに来た時、急に立ち上がって、「門野さん。僕は一寸職業を探してくる」と云うや否や、鳥打帽を被って、傘も指さずに日盛りの表へ飛び出した。
              (同上)

W 今回、話の展開にはあまり触れませんでしたが、代助は父親から勧められた結婚話を断って、友人の平岡の妻の三千代と一緒になりたいと考えます。そのためいろいろな軋轢が生じます。漱石がこの小説の予告で「この主人公は最後に奇妙な運命に陥る」と書いている部分ですね。
父親の使いで代助のところに来た兄の誠吾は、「御前は平生からよく分らない男だった」「世の中に分らない人間程危険なものはない」「貴様は馬鹿だ」「おれも、もう逢わんから」といった言葉を残して帰ります。
僕は、代助よりも三千代という女性のことがよくわからなかったんですけど、小池さんはどうでした?
K 最初に優柔不断ということを言いましたが、代助がいろいろと考え事をしながら、三千代とのことをどうするのか、はっきりさせないで続いていく。これがやっぱり話の展開ということになるのかなと思います。それで、読んでいるとそれで結局どうするんだって、気になり続ける。同時にその気になる気持ちが、代助の家族が感じていた代助に対する苛立ちに通じるものであることもわかるんです。
W 苛立ちの共有ですか。僕は三千代が、なんかブラックボックスというか、輪郭がはっきりしないように描かれていると思いました。彼女の弱点や欠点は全く書かれていてません。漱石には、女性の描写が辛辣な作品も多いけど、三千代は無辜の人のように描かれてますね。そうしないと「それから」という作品が、そもそも成り立たなかったんでしょうけれど。
K 三千代の描写が曖昧なことによって、すべて代助の決断次第であることが強調されているようにも思います。
W あと、代助のお父さんは、息子の就職より結婚を優先するんですね。「別に就職しなくてもいいから、結婚はしてくれ」という感じで。今とは優先順位が逆というか。もちろん、政略結婚というか、結婚相手は自分が決めた人じゃないとダメなんだけど。
K それはまあ、自分がお金持ちで、代助のお兄さんが会社を経営しているっていうことが大きいんじゃないですかね。いつでも雇うところはあるということで。
 代助のお父さんとしては、自分が決めた人以外の人と代助が結婚しても、それはそれでよくて、代助が決断を先延ばしにすること自体が嫌だったんじゃないかと思いました。モラトリアムへの嫌悪ですね。
W 代助は親の望む結婚を強いられて、追い詰められ、結局、人妻の三千代との愛に向かうわけです。代助の眼には選択肢が2つしかなかった。親の望む結婚か、三千代かという。  
実は、3つめの選択肢、これまで通り、のんべんだらりと何もしないでモラトリアムというかパラサイトシングル状態を継続するという選択肢もあったんじゃないかしら。お父さんと気まずくなったり、生活費を減らされたかもしれないけど。最後に決断するあたりが代助らしくない、と僕は思ったんですけど。やはり三千代のことが、とても好きだったのかな。
K 小説の最後まで何も決断しないで終わるっていうのも、おもしろい話になったでしょうね。
W あはは。僕はどっちかっていうと、そっちのバージョンを読んでみたかったですね。ドストエフスキーの「地下室の手記」の主人公みたいに、「何かをするのは馬鹿だけだ」とかうそぶきながら、結局、何もしないという。 
ところで代助って、この作品の中で、何か悪いことしましたかね?小説の最後まで、代助と三千代の男女の肉体を伴う関係は全く描かれていませんよね。映画にもありませんでした。この小説は、姦通小説と言われることがあるそうですが、姦通も何もないだろうって思うんですけど。後日、三千代は平岡と離婚して、代助と再婚することになるんでしょうけど。
K 行為自体はたぶんないですね。
W 僕はそのあたりが全然わからなかったんです。代助は深くものを考えて、自分に正直に生きようとしただけじゃないかって。
K 僕には先生が何に怒っているのかがよくわかりません。
W 別に怒ってません。でも何も悪いことしてないのに、可哀想だなとは思います。 
代助は父や兄に義絶され、経済的な援助を全く受けられなくなってしまいます。「僕は一寸職業を探してくる」という発言が印象的です。
K そうですね。
W 「それから」の後日談は「門」という小説で語られます。これも、しみじみとした情感に溢れた読みごたえのある作品です。主人公の名前は、宗助に変わっていますけど。 

モラトリアム青年について

W ところで、代助の話は、現代の青年の話でもあると思います。代助のような人間は、あきらかに増えた。漱石の人間を見通す力が100年後にも及んだということですが。でも、漱石のように青年に寄り添って、シンパシーを持って理解しようとする人は、今でもあまり多くないんじゃないかしら。若者を非難する言葉ばっかり新しく増えていって。そこはとても残念です。
K まあ、期待をしなければ残念でもないですよ。
W 青年期を説明しようとするモラトリアムという言葉も心理学者のエリック・エリクソンが使い始めたときは、ニュートラルな言葉だったけど、日本に入ってきて、否定的な意味あいで使われることが多くなった。
広辞苑には、モラトリアムの定義が3つのっていますが、その3番目が「人間が成長して、なお社会的義務の遂行を猶予される期間。また、その猶予にとどまろうとする心理状態、エリクソンが提唱。「―――人間」という説明でした。
小池さんが学生のころ、「エリック・エリクソンという名前は、ふざけてる」みたいなことを言ったんですよね。覚えてます?                       
K 言ったかもしれません。
W 真部真とか、渡部渡みたいなもんかな。2005年というから、ちょうど10年前に「現代のエスプリ」という雑誌で僕が「モラトリアム青年肯定論」という特集を編集したのも、当時の若者バッシングに対する反発からでした。最初の「モラトリアム青年肯定論について」という文章の中で次のようなことを書いています。

「青少年のマイナス方向への変質論」は二つに大別できる。一つは、一九九七年の神戸小学生殺傷事件以降、いくつか生じた未成年者の特異な事件をもとに、青少年の非行・犯罪が悪化しているのではないかというものである。この点については、本誌の大村英昭氏の論文「青少年における「犯罪の衰退」」を読んでいただきたい。日本の青少年の非行・犯罪の状況が悪化していないことがよくわかる。
もうひとつは、「青少年のモラトリアム的性格や行動」の強まりである。具体的には「ひきこもり」「フリーター」「ニート」「パラサイト・シングル」「勉強しなかったり学校にあまり行かない大学生」「就職先の早期離職」「孤立化傾向」「オタク化・マニア化志向」「未婚化・晩婚化」などが問題とされる。
前者の「非行・犯罪」は「本来やってはいけないことをする青少年」が問題とされたが、後者の「モラトリアム的性格や行動」では、「本来するべきことをしない青少年」が問題とされる。過去においては、主に前者が社会から問題視や逸脱視の対象となったが、現在では、後者も問題視・逸脱視されるようになった。つまり、問題視や逸脱視される領域が大幅に広がったのである。
二十一世紀に入って、「青年のモラトリアム的性格や行動」がより一般化してきたことは間違いないが、そうした事態が本当に好ましくないことなのか否かという点については、大きく意見の分かれるところであろう。
「どこまでいっても個々の人間の人生観・世界観・人間観の問題であり、社会や他の人間からの道徳的・倫理的非難は筋違いである」という考え方も当然ありえるのである。また、本誌の座談会に出席した大学生の発言にあるように、むしろ「良い方向へ変質した」とか「未来を先取りした状態である」という見方もできるはずである。このあたりは、本誌の大きな論点になっている。 
 (渡部真「モラトリアム青年肯定論」について 「現代のエスプリ460号」至文堂200589ページ より)

W 最後のところの「座談会に出席した大学生」って、小池さんなんですよね。まだ大学4年生で21ぐらいだったかな。松本良夫先生(東京学芸大学名誉教授)、布村育子さん(埼玉学園大学准教授)、それに小池さんと僕の4人の座談会でした。「モラトリアム青年の今日的意味」というタイトルで、30ページにも渡る長いものでしたが。あれからもう10年たつんですね。
 松本先生は、「青年期の「脱社会」性向について」、布村さんは「「大人」にならないための成熟」という興味深い論文も書いてくださいました。
K 懐かしいですね。
W 小池さんの座談会での発言をひとつ引用してみます。

昔は貧しい社会で。青年がモラトリアムを生きられるというのは、かっての社会の理想だったんですよね。
それから、フリーターやニートやパラサイトシングルと呼ばれるような人というのは、ある意味で今まで日本社会が目指してきた自由とか豊かさとかいうのを体現している人たちですよね。そうすると、ずっと理想だったものが達成されたとたんに、非難の的になっているというのが現状だと思うんですよ。それがすごくおかしいなと思って。何でだろうということで、この非難の眼差しっていうのはもしかしたら目標が達成されちゃって、何も目標がなくなっちゃったっていうことを嫌がる心理からきているのかな、と思ったりするんです。やはり人間というのは何も困難がない状況よりも、何か少しぐらい困難がある状況を選ぶというのがあるじゃないですか。
(座談会モラトリアム青年の今日的意味(同上) 31ページ 小池高史の発言より)

W 10年前の発言ですが、今読んでみるとどうですか?
K うん。覚えてます。ちょっと飛躍しすぎですね。
W 次の発言は僕のものです。

僕は知り合いに、医者の息子とか大金持ちの娘とかが何人かいます。わがままだったり、勝手だなあと思う人が多いんですけど(笑い)。それで、そういう人を見ていると、経済的なことをずっと心配して生きてこなければならなかった自分とは世界の見え方が全然違うというか、生き方というかものの考え方が全く違う原理で動いているという気がするんです。身長が二メートルくらいあって、世界を見下ろしているという感じです。
いちばん本音を言えば、「ずるいじゃないか」と言うことになるんですが、「うらやましいなあ、いいなあ」とも思うんですね。「若い頃は苦労した方が良い」という考えと「しなくてすむ苦労はしない方が良い」という考えがありますが、苦労せずに生きていける人に無理に苦労させる必要はないんだと思います。「経済的には全く苦労しない人生」みたいなものもあるんですよ、本当に。そういう人は、会社で嫌なことがあったらすぐやめちゃいますよね。それよりは、親とけんかしないですごした方がよい。
そういう「医者の息子」みたいな人が増えてきたことを、社会の進歩と考えて、評価した方が良いんじゃないか。松本先生のお話で言えば、「夢を断念しない生き方」が、かなり大きな規模で、可能になってきたということですが。俳優とかフリーのライターの人にも多いですよね、今。「あの人、どうやって食べてんのかなあ」と思ったりするんですが、全く余計な心配だったりします。
    (同上32ページ  渡部真の発言より)

W このときには、すでに漱石の「それから」を読んでましたから、代助のことも頭の中にあって、喋ってると思いますね。この座談会の中でも4人で「20年後の社会と青年の関係」を予測しているんですけど、半分の10年たってみて、なにか新しいことが言えますかね?
K 「それから」を読んでも感じたことですが、大学とか学問の世間的な価値とか地位が、漱石のころと比べて今はかなり低いと思います。代助は、大学を出ていることで、それなりに周りの人に尊重されていて、自尊心も保てれていると思うのですが、今だったら一番難しい大学を出たり博士号をとったりしても、そのあと何もしていなければ全然尊重されませんよね。この10年の間でもその風潮は強まっているような気がしています。
W そうですか。そのあたり、僕は鈍感なんですね。青年のモラトリアム的傾向、これから先10年、どう変化するのか、もうひとつよくわかりませんが、景気が良い方向に向かえば、間違いなく強まるでしょうね。この20年あまり、ずっと景気が悪かったのに、それでもここまで強まったわけですし。もうひとつ、僕の発言を見てください。

僕が前からひっかかっているのは、上の世代が、それは我々も含めてですけれども、青年を非難する情熱というかエネルギーがどこから出てくるのか。何でこれだけ、それも話題にするだけではなくて否定的な方ばっかり言いたがるんだろうかということなんです。モラトリアムの話になると、初めからモラトリアムの人どうしようか、ニートの人どうしようか、フリーターどうしようかという、なんでそういうところから話が始まるのか。
モラトリアムの若者の方が,未来を先取りしているというか、本来の人間の生き方に近い、もっと我々も彼らを見習おうとかお手本にしようというような見方が何ででてこないのか。また、モラトリアムの若者が増えていることについても、なぜ、その原因を若い人の心構えとか、パーソナリティの問題に還元して、そこのところから問題を論じようとするのか、ほかの見方はないのか、といった疑問があります。
その際一つ思うのは、日本の大人というのは、若い人を恐れているのではないかと。本当に競争をしたらきっと若い人が勝つんだけど、非常に長い日本社会の支配の歴史というのは、いろいろな意味で支配非支配がありますけれど、世代で言うと年寄りが若い人をずっと押さえつけてきた歴史である。いつまでも会社の社長や政治家は辞めないで、ずっと私がいなきゃというふうに言っていると。
いろんな支配の構造があると思うんですけれども、「若いやつはだめなんだ」という言い方でずっとやってきて、それが最近ある意味、非常に大きなパワーをもつようになっている。 
だけど本当のことを全部明らかにしちゃったら、例えば野球の世界でも将棋の世界でも、ちゃんと数字で出る分野だと必ず若い子が勝つわけですよね。それが本当は他のいろいろな分野であるんだけど。それを全部、隠蔽しておくために今のような若い人たたきというのがあるのではないかと思うのですが。特に、パーソナリティだとか価値観、生活態度などについては、なんとでもいえるというか、見方をちょっとずらせば、どんなことでも否定できますからね。これはもちろん、私たち研究者の世界も含めてということですが。
   (同上2425ページ  渡部真の発言より)

W ここでは、きちんと数字で出る分野として、将棋と野球の例をあげているけど、サッカーをはじめとした各種のスポーツや囲碁なんかもそうですよね。囲碁のプロの世界は、7大タイトルという大きなタイトルがあるんですけど、現在、40歳以上でタイトルを持っている人は一人もいません。20代の井山さんが4つ、村川さんが1つ、それに30代の高尾さんが2つ持っています。その他、若くて強い棋士がたくさんいて、40歳以上のタイトルホルダーは、もう10年近くあらわれていません。
 女流の4つのタイトルも20代の謝さんと10代の藤沢さんで2つずつ分けあっています。
K どうして、そんなに若い人が強くなったんですか?
W ネットの普及や優秀なゲームソフトの開発で、若い人が手軽に強くなれるようになったこともあると思いますけど、やはり、結果がむき出しになることが大きいんじゃないかな。勝敗に直結する読む力や発想力が年と共に衰えていき、若い人に勝てなくなる。年寄りや長くやっている人が、いくら能書きを並べても、一局打って負けてしまえば、えらそうなことを言えなくなる世界です。結果を隠蔽できない。本当の実力社会というか。
別の言い方をすると、勝ちさえすればどんな戦法をとっても良いわけです。ちょっと前までほとんどのタイトルを独占していた張さんという30代の棋士が、最近、興味深い試みをしています。囲碁は盤のすみの方から打っていくのが普通だけど、最初の4手を盤の真ん中に打つんです。盤上に大きな風車(かざぐるま)みたいな石の形が出現します。テレビのNHK杯トーナメントで初めて見たんですけど、本当にびっくりしました。言葉を失うというか。
囲碁は、源氏物語に出てくるし、織田信長も打ったけど、1000年以上の歴史の中でこんな手は誰も打たなかった。だけど、勝てば誰も文句を言えない。それから囲碁の技術書なんかの「そういう打ち方はよくない」「最初の20手は、こうすべきだ」といった記述が全部無効になる。本当は、もっと自由に、好きなところに打っていいんだ、ということを張さんは主張したかったんだと思いますね。また、彼はそうした新戦法を使って勝ってしまうんだから、たいしたものです。
将棋でも、僕が子供のころは「振飛車にしたら角道を止めろ」というのは最初に教わったことなんです。でも今は、角道を止めない振飛車もごく普通に指されています。そうすると、「振飛車にする時は角道をとめること」と書いてある定跡書が全部無効になる。「こうしてはいけない」と言えなくなる。昔にはなかった可能性が広がる。そこが僕はとても面白くてね。
ただ、普通の社会だったら、まず倫理的な非難が出ると思います。特に若い人がやった場合には。作法とか、しきたり、秩序に反するということで。一見、実力主義に見える研究者の世界でも、研究上のしきたりとか作法みたいなものがあって、それに従わないと論文を通してもらえない。作法が大切。論文を審査する人達の書くものより、自分の書いてるもののほうがずっと良いんだと思ってる若い研究者は、たくさんいると思いますけどね。そのあたり、どう思います?
K そう思っている人はたくさんいるでしょうね。最近は審査をする側にもなるのですが、作法に則ってくださいとお願いしてますね。でもまあ作法は作法にすぎないんで、それは直せばいいだけで、最終的に論文が通るとか通らないとかにはかかわってこないことが多いと思いますが、そこを直さないことに主義をもっているような場合もありますよね。
W 僕は直したくない方ですね。あとひとつ、最近囲碁で面白いことがありました。NHKで日曜日の1230分から2時まで「NHK杯・囲碁トーナメント」という番組をやっています。もう60年以上続いている棋戦ですけど、23年まえから「今日の私の一手」というコーナーができました。  
毎週、1時59分ぐらいから、その日の勝者が1分間使って、今日打った自慢の一手を紹介するんです。ところが、さっきも少しふれた高尾さんというタイトル保持者が、「今日自分の打った一番悪い手」を紹介したんです。僕は見ていて、ひっくりかえりそうになりました。彼は2度目もやってましたから、確信犯ですね。よっぽど自分に自信がないとできないことだと思います。
「私の授業」というテーマで雑誌の原稿を頼まれた高名な学校の先生が、自分の授業の悪いところばかりを書いて提出するようなものです。読む方はとても参考になると思いますが。
高尾さんは「たかお日記」という棋譜の入ったブログもやっていますが、これも彼の主観が強く出ていて、とても味わい深いものです。222日にNHK戦で一力さんという10代の棋士と準々決勝を戦うので、「今日の私の一手」を含めて注目しています。
 まあ、どんな分野でもいいから、これまで全く見たことのない新しいもの、自分がひっくり返りそうになるものに接触してみたいです。 

        (20152月 東京・大泉学園にて)

<参考・引用文献>
夏目漱石  それから  19091910
――――  「それから」予告 1909
――――  三四郎 1908
――――  門 1911 
――――  道草 1915
――――  明暗 1916
森鴎外   青年 1910
                     (以上 青空文庫より)
夏目漱石   それから(新潮文庫)19091948(柄谷行人の「解説」を収録)  
――――   作中の人物  漱石全集25  岩波書店 19061996
江藤淳    漱石とその時代 第四部  新潮社 1996
ドストエフスキー  地下室の手記(江川卓訳) 新潮文庫 18641969 
渡部真  「モラトリアム青年肯定論」について(現代のエスプリ460)至文堂 2005 
松本良夫  青年期の「脱社会」性向について(現代のエスプリ460)至文堂 2005
大村英昭  青少年における「犯罪の衰退」(現代のエスプリ 460)至文堂 2005
布村育子  「大人」にならないための成熟(現代のエスプリ 460)至文堂 2005

松本良夫・布村育子・小池高史・渡部真  モラトリアム青年の今日的意味(現代のエスプリ 460)至文堂 2005