2014年12月15日月曜日

第51章 戯作三昧

--戯作三昧」は芥川龍之介が1917年(大正6年)に発表した短編小説。江戸時代後期の小説家、滝沢馬琴の生活と心情を描写しながら、同じ作家としての自らの悩みと夢を綴っている。(まとめ 渡部)--

W 今回は、芥川龍之介の「戯作三昧」です。彼の作品は、青空文庫に現在、369点入っています。この小池さんとのブログでは、これまでに「猿蟹合戦」「大導寺信輔の半生」「保吉の手帳から」をとりあげましたから、今回が4作目です。読んでみて、どんな感想を持ちましたか?
K 短い話ですが、3つくらいのテーマが盛り込まれていますね。実在の人物を主人公にしている小説なのに、エッセイを読んでいるような感じをうけました。
W なるほど。それは面白い感想ですね。僕が意外だったのは、彼がまだ25歳で、横須賀の海軍機関学校の英語の先生をしてた頃の作品だということなんです。「羅生門」が前々年、「」が前年の発表ですから、本当にごく初期の小説ということになります。僕は以前に一度読んだことがあったんですけど、30代になってからの作品かと思っていました。
K 主人公、老人ですしね。
W 新潮文庫だと46ページあります。ちょっと長めの短編小説。「大阪毎日新聞」に15日間掲載されました。

 天保二年九月のある午後である。神田同朋町の銭湯松の湯では、朝から相変らず客が多かった。
(芥川龍之介「戯作三昧」より)

 つつましく隅へ寄って、その混雑の中に、静かに垢を落としている、六十あまりの老人が一人あった。年のころは六十を越していよう。鬢の毛が見苦しく黄ばんだ上に、眼も少し悪いらしい。が、痩せてはいるものの骨組みのしっかりした、むしろいかついという体格で、皮のたるんだ手や足にも、どこかまだ老年に抵抗する底力が残っている。
 (同上)

W 上のふたつの引用は、この小説の最初の部分です。この神田の銭湯に来ていたのが60歳をこえた滝沢馬琴です。「南総里見八犬伝」とか「椿説弓張月」を書いた江戸時代の作家ですね。馬琴のこと、なにか知ってました?
K そりゃあもう「南総里見八犬伝」ですね。
W もうだいぶん前になるけど、「八犬伝」を歌舞伎にしたものを、小池さんと見に行ったことがあるんですよ。歌舞伎座か、新橋演舞場だったと思いますが。見終わったときに、あなたがとても核心をついた感想をポツリと言ったんで、よく覚えているんです。「外面的な面白さを売り物にしている歌舞伎だ」といったようなことですが。「大衆的」という言葉も使ったかな。それはたしかに、おっしゃる通りというか、どんぴしゃりでね。波乱万丈、痛快娯楽劇って感じです。
K 何一つ覚えていないです。ほんとですか?
W ほんとです。実は、来年の一月というか来月、国立劇場で歌舞伎の「八犬伝」を上演します。正月の国立劇場の歌舞伎公演は、毎年必ず、NHKBSで中継録画しますから、来年も放送すると思います。よかったら見て、思い出してください。お城の屋根の立ち回りとか、わくわくしますよ。
K 見てみます。そのことを覚えていれば。
W この芝居、数年に一度は、全国どこかで上演されている人気演目ですが、今回の国立劇場は、『刊行開始200年』を記念した上演だそうです。馬琴は、1814年に書き始めて、28年かけてこの作品を完結させたそうです。ちょっと気が遠くなるというか。
K 今でいうと、「ゴルゴ13」とか「こち亀」みたいなものですね。
W 芥川龍之介がこの「戯作三昧」を書いたのが1917年。つまり、馬琴と芥川と僕たちは、ほぼ100年ずつ離れているというわけなんですね。馬琴から200年、芥川から100年。

 芥川はのちになって、弟子の渡辺庫輔宛書簡に「僕の馬琴は唯僕の心もちを描かむ為に馬琴を仮りたものと思はれたし西洋の小説にもこの類のもの少なからず」(一九二二・一・一九)と書きつけている。  
 (関口安義『芥川龍之介』岩波新書 113ページより)                           

W この手紙からすると、芥川の中では明らかに、「馬琴=自分」なんですね。

 老人の心には、この時「死」の影がさしたのである。が、その「死」は、かつて彼を脅かしたそれのように、いまわしい何物をも蔵していない。いわばこの桶の中の空のように、静かながら慕わしい、安らかな寂滅の意識であった。一切の塵労を脱して、その「死」の中に眠ることが出来たならばーー無心の子供のように夢もなく眠ることが出来たならば、どんなに悦ばしいことであろう。自分は生活に疲れているばかりではない。何十年来、絶え間ない創作の苦しみにも、疲れている。・・・・・
(芥川龍之介「戯作三昧」より)

W 上記のところなんか、60歳をすぎた身としてはとてもよくわかります。「死」は決して厭うべきものではない。だけど25歳の青年が、こんなこと分かっちゃうというのは驚きです。
K 生活の苦しみと創作の苦しみということを言っていますね。
W 25歳の青年と思わず、10年後に自殺する作家と考えれば、それほど違和感はないのかな。
K うーん、どうでしょう。

 彼の空想は、ここまで来て、急に破られた。同じ柘榴口の中で、誰か彼の読本(よみほん)の批評をしているのが、ふと彼の耳へはいったからである。しかも、それは声といい、話しようといい、ことさら彼に聞かせようとして、しゃべり立てているらしい。馬琴はいったん風呂をでようとしたが、やめて、じっとその批評を聞き澄ました。
(同上)
   
W 馬琴は銭湯の中で2人の読者に出会います。自分の作品を褒めてくれる人と、さかんにけなす人です。どちらの場合も、馬琴は心穏やかではいられないんですが、特に後者の言葉に傷つきます。小池さんは、自分の書いたものが、褒められたり、けなされたりするとどうですか?
K そりゃあ褒められたらうれしくて、けなされたらショックですよ。
W Wさんの書いたものが、けなされているのを見た時はどうですか?
K どちらかというとうれしいですね。
W 僕も自分が、けなされるの、好きではありません。褒めてもらえると「もっと褒めて」と思ってしまいます。なんて、正直な人間なんでしょう。
K みんなそうでしょう。

 馬琴の経験によると、自分の読本の悪評を聞くということは、単に不快であるばかりでなく、危険もまた少なくない。というのは、その悪意を是認するために、勇気が沮喪(そそう)するという意味ではなく、それを否認するために、その後の創作的動機に、反動的なものが加わるという意味である。
 (同上)

W 悪評を聞くと、けなされた部分の方向により力を入れていくということですね。むきになるというか。わかる気がします。
K 危険ですね。
W ただ、もっと単純に、悪評によって勇気が沮喪するということもあると思うなあ。芥川が、この作品を25歳の時に書いたということから、僕は大学院生を連想したんですけど。僕の所属している学会では最近、学会誌の投稿論文の倍率が6倍にもなるそうです。5人落ちて1人通る。僕が院生の頃は、倍率がすごく低かった。出せば載せてくれるという感じで。僕は昔から性格が弱かったというか根性なかったから、落されたら半年か一年、研究を放棄しちゃったんじゃないかな。ふてくされて、布団かぶって寝てしまって。
K 今でもそういうタイプの人はいますね。
W 好きだなあ、そういう人。

「どうして己は、己の軽蔑している悪評に、こう煩わされるのだろう。」
 馬琴はまた、考え続けた。
「己を不快にするのは、第一にあの眇が己に悪意を持っているという事実だ。人に悪意を持たれるということは、その理由のいかんにかかわらず、それだけで己には不快なのだから、しかたがない。」
 彼は、こう思って、自分の気の弱いのを恥じた。実際彼のごとく傍若無人な態度に出る人間が少なかったように、彼のごとく他人の悪意に対して、敏感な人間もまた少なかったのである。そうして、この行為の上では、全く反対に思われる二つの結果が、実は同じ原因――同じ神経作用から来ているという事実にも、もちろん彼はとうから気がついていた。
 (同上)

W 上の引用の「傍若無人な態度」と「他人の悪意に敏感」が、「気の弱さ」から来るというところも、よくわかります。僕も、自分じゃそう思わないんだけど、傍若無人だとか、好き勝手なことやってると、言われることがあります。本当は、とても気が弱いだけなんだけど。あと、「言葉が足りない」「説明不足」ということもあるのかな。
K そうですね。
W 次の文章は、太宰治が死ぬ直前に書いた「如是我聞」という随筆です。先輩の作家や評論家、外国文学者なんかに、あたり散らしています。

 しかし、世の学者たちは、この頃、妙に私の作品に就いて、とやかく言うようになった。あいつらは、どうせ馬鹿なんで、いつの世にでも、あんなやつらがいるのだから、気にするなよ、とひとから言われたこともあるが、しかし、私はその不潔な馬鹿ども(悪人と言ってもよい)の言うことを笑って聞き容れるほどの大腹人でもないし、また、批評をみじんも気にしないという脱俗人(そんな脱俗人は、古今東西、ひとりもいなかった事を保証する)ではなし、また、自分の作品がどんな悪評にも絶対にスポイルされないほど剛(つよ)いものだという自信を持つことも出来ないので、かねて胸くそ悪く思っているひとの言動に対し、いまこそ、自衛の抗議をこころみているわけなのだ。
  (太宰治「如是我聞」より)

W 太宰の文章で、「批評をみじんも気にしない脱俗人は、古今東西ひとりもいなかったことを保証する」というところは、おもしろいなあ。心強い御発言です。
K ははは。
W 次の森鴎外の文章も興味深いです。批評を気にしているような、気にしていないような。

 しかし何と云われたって、云われついでだから云いましょう。私は田山君のように旨くないと云われても、実際どうでもない。田山君も、正宗君も、島崎君も私より旨くて一向差支がないように感じています。それは私の方が旨くても困りはしません。しかしまずくても構いません。ちっとも不平がない。諸君と私とを一しょに集めて、小学校のクラスの座順のように並ばせて、私に下座に座ってお辞儀をしろと云うことなら、私は平気でお辞儀をするでしょう。そしてそれは批評家の嫌う石田少介流とかの、何でもじいっと堪えているなんぞと云うのではありません。本当に平気なのです。
 私の考では私は私で、自分の気に入った事を自分の勝手にしているのです。それで気が済んでいるのです。人の上座に据えられたって困りもしないが、下座に据えられたって困りもしません。
     (森鴎外「Resignationの説1907 より)

W 上の文章に出てくるのは田山花袋、正宗白鳥、島崎藤村ですが、明治の末期には鴎外より、専門家間の評価は高かったんですね。とても意外な感じがしました。結局、鴎外は前回の夏目漱石と同じで、「私は私」で「自分の気に入った事を自分の勝手にしていよう」という結論に至ります。
K まあ、たいていそういう結論になりますよね。誰が考えても。

「しかし、眇がどんな悪評を立てようとも、それは精々、己を不快にさせるくらいだ。いくら鳶が鳴いたからといって、天日の歩みが止まるものではない。己の八犬伝は必ず完成するだろう。そうしてその時は、日本が古今に比倫のない大伝奇を持つ時だ。」
 彼は恢復した自信をいたわりながら、細い小路を静かに家の方へ曲って行った。
        (芥川竜之介「戯作三昧」より) 

W 芥川の描く馬琴は、自信と不安の間を揺れ動きます。
K そうですね。このあたりの描写は老人にしては若々しく描かれているという印象です。
W 馬琴より芥川本人が露呈している、ということですかね。

 新進作家としての芥川龍之介の評価は、さまざまであった。前章で見たように、彼の評価は決して賛辞ばかりではない。中村孤月の批評に至っては「何の為に斯(こ)ういふ創作を為(す)るか」として、「海軍機関学校教官の余技は文壇に要はない」とまさに斬捨御免の酷評であった。ほかにも自然主義系の人々や匿名批評が、芥川作品に意地の悪い批評を投げつけた。人一倍神経のこまやかな彼は、それら酷評や悪評に傷つかないわけはなく、気にすることが多かった。芥川が馬琴を借りて語りたかったものは、そうした世間の風評にわずらわされることなく、自己の能力を信じて仕事に邁進する決心であった。ひとりの人間の自己確立の勇壮なドラマが、ここに描かれたのである。
(関口安義「芥川龍之介」岩波新書 1995114ページより)
  
W 芥川は「戯作三昧」の前年に書いた「鼻」が漱石に激賞されて、一躍注目を浴びたんですが、上の関口さんの文章なんか読むと、ずいぶん厳しい視線にも取り囲まれていたんですね。
K 「海軍機関学校教官の余技」とまで。

彼は、この自然と対照させて、今さらのように世間の下等さを思い出した。下等な世間に住む人間の不幸は、その下等さに煩わされて、自分も、また下等な言動を余儀なくさせられることころにある。現に今自分は、和泉屋市兵衛を逐い払った。逐い払うということは、もちろん高等なことでもなんでもない。が、自分は相手の下等さによって、自分もまたその下等なことを、しなくてはならないところまで押しつめられたのである。そうして、した。したという意味は市兵衛と同じ程度まで、自分を卑しくしたというのにほかならない。つまり自分は、それだけ堕落させられたわけである。
 (芥川龍之介「戯作三昧」より)

W まあ、あまり人の意見には耳を貸さないほうがいいのかな。自分のことは自分が一番よくわかっているわけだし。人との付き合いが多くなると、どうしても自分が卑しくなる。卑しい方向に追い込まれるというか、一人でいれば絶対にやらないようなことをやってしまったりする。ポツンと一人でいるのが一番いい。雑音も全然聞こえてこないし。
K 人に意見もしたくなっちゃいますしね。
W ただ、僕は若い頃「絶対に相手に聞こえない悪口なら、いくら言ってもいい」という話を聞いたことがあって、妙に印象に残っています。本当に聞こえてないのかなあ。
K 僕はそう思って言いまくってますけど。
W あぶない、あぶない。

馬琴は改名主の図書検閲が、陋(ろう)を極めている例として、自作の小説の一節が役人が賄賂をとる箇条のあったために、改作を命ぜられた事実を挙げた。そうして、それにこんな批評をつけ加えた。
「改名主などというものは、咎め立てをすればするほど、尻尾の出るのがおもしろいじゃありませんか。自分たちが賄賂をとるものだから、賄賂のことを書かれると、嫌がって改作させる。また自分たちが猥雑な心もちにとらわれやすいものだから、男女の情けさえ書いてあれば、どんな書物でも、すぐ誨淫の書にしてしまう。それで自分たちの道徳心がが、作者より高い気でいるから。傍痛い次第です。言わばあれは、猿が鏡を見て、歯をむき出しているようなものでしょう。自分で自分の下等なのに腹を立てているのですからな。」
 (同上)

「しかしこの後五十年か百年たったら、改名主の方はいなくなって、八犬伝だけが残ることになりましょう。」
「八犬伝が残るにしろ、残らないにしろ、改名主の方は、存外いつまでもいそうな気がしますな。」
「そうですかな。私にはそうも思われませんが。」
「いや、改名主はいなくなっても、改名主のような人間は、いつの世にも絶えたことはありません。焚書坑儒が昔だけあったと思うと、大きに違います。」
「ご老人は、このごろ心細いことばかり言われますな。」
「私が心細いのではない。改名主どものはびこる世の中が、心細いのです。」
(同上)

W 上の部分は、家に遊びに来た画家の渡辺崋山との会話の部分です。実際にも馬琴と崋山は交友があったそうですが。
K そうですか。崋山のほうが少し若そうですね。
W 馬琴の息子も画家で、彼も崋山と交友があったそうです。改名主というのは、図書の検閲をする役人ですね。馬琴が200年前、芥川が100年前に、表現者としてこの問題に悩んでいたわけですが、現在でも規制は全く緩んでいませんよね。
「八犬伝」は残ったけど、「改名主」も残った。「改名主のような人間」なんて、むしろ増えてるんじゃないかしら。そして、自分たちを道徳的な人間、立派な人間だと思っている。
K ええ。
W タブーが少ないほど、開かれた社会だと思うけど、タブーは決して減ってませんね。特に性にまつわることのタブーがすごくふえた。
K 先生におかれては、さぞかし生きにくいことと思います。

「自分はさっきまで、本朝に比倫を絶した大作を書くつもりでいた。が、それもやはり事によると、人なみに己惚れの一つだったかも知れない。」
 こういう不安は、彼の上に、何よりも堪えがたい、落莫たる孤独の情をもたらした。
 (同上)

「観音様がそう言ったか。勉強しろ。癇癪を起すな。そうしてもっとよく辛抱しろ。」
 六十何歳かの老芸術家は、涙の中に笑いながら、子供のようにうなずいた。
 (同上)

「あせるな。そうして出来るだけ、深く考えろ。」
 馬琴はややもすれば走りそうな筆をいましめながら、何度もこう自分にささやいた。
 (同上)

「困り者だよ。ろくなお金にもならないのにさ。」 
 お百はこう言って、伜と嫁とを見た。宗伯は聞こえないふりをして、答えない。お路も黙って針を運びつづけた。蟋蟀(こおろぎ)はここでも、書斎でも、変わりなく秋を鳴きつくしている。
(同上)

W 崋山が帰った後も、馬琴は自作に思いをはせます。自信と自信喪失の間を何度も揺れ動くわけですけど、結局、精進していこうと心に決めます。ただ、他の部屋で奥さんは「困りものだよ。ろくなお金にもならないのにさ。」とつぶやきます。このあたりでは、寝たきり老人になってしまった画家の堀越玄鶴をとりまく家族のありさまを描いた「玄鶴山房」という小説も思い出してしまいました。
K そちらも面白そうですね。
W この「戯作三昧」という作品に出てくるのは、一人の小説家をとりまく様々な人々です。読者、出版者、同業の小説家、友人の画家、図書取締りの役人、妻や息子、孫等、多彩です。そうした人間関係の中で、表現者のもつ苦悩と孤独、それに歓びが見事に表現されていると思いました。芥川の時代から100年経っても、状況はあまり変化してないんじゃないでしょうか。
K それはそうだと思いますね。
W ところで、今年も、もう少しで終わりですが、小池さんにとってはどんな年でしたか?
K 割といい年でした。心安らかに暮らせました。
W 本とか映画とかで、これは面白いという作品、なにかありましたか?
K 本でも映画でもないですが、一番面白かったのは、兵庫県議員の野々村さんの会見ですね。
W あはは。あれはすごかったよね。眼がさめました。 
僕にとって、今年は電子書籍の年でした。アマゾンで出しているキンドルの一番大きな機種を使っているんですが、いろんな本を読むことが出来ました。今年の大きな動きは、これまで読めなかった本を次々に読めるようになったことです。
例えば、ニーチェの「ツァラツゥストラはこう言った」の全訳を、一年前にはキンドルで読めませんでした。ところが今では、手塚富雄、丘沢静也、高橋健二・秋山英夫共同訳の3種類で読めます。氷上英廣訳は、キンドルでは読めませんが、電子書籍にはなっているので、大きなコンピュータで読めます。僕は4つとも持ってます。
K そんなにいくつも持っていて、どうするんですか?
W やはり翻訳によって、文章のリズムとかが、ずいぶん違うんですよね。僕は、その日の気分によって、どれを読むか決めています。
K へえ。
W 今年になって、モンテーニュの「エセー」、ルソーの「エミール」、シェークスピアのほとんど全部の作品なんかも読めるようになりました。プルーストの「失われた時を求めて」という長編小説も、最初の「スワン家の方へ」だけ電子化されました。23年先には全部読めることになりそうです。マックス・ウェーバーの「職業としての学問」や「宗教社会学」、フーコーの「知の考古学」なんてのもあります。「青空文庫」に入っている作品もキンドルで読めるものが多いですね。
K そもそもキンドルは、どんな点が良いんですか?
W まず僕にとっては、活字の大きさを自由に変更できることですね。10年ほど前から目が悪くなって、細かい字を読むのが、つらくなってきていたんです。ある調査によると、同じ悩みから本を読まなくなる人が多いそうですから、高齢者にとって、とても心強い道具です。
 2つ目は、退屈な時間がなくなった、ということです。どんな所にも持ち運べるから、いつも携帯しています。僕の場合、活字さえ目に入れば、退屈するということがありません。急に「あの本を読みたい」と思った時、検索機能を使えば、どんな本でも直ぐに取り出せます。おかげで、退屈せずに死んでいけそうです。 
3つ目は、小池さんには何度もお話した「2段落1チェック方式」がとても簡単にできることです。キンドルには、ハイライトという機能があって、小さな色紙を画面上に付着させて保存できます。僕の場合、となりあった二つの段落のどちらか一つ、気にいった方に色紙をつけるんですけど、とっても楽しいですよ、幼稚園の時に帰ったみたいで。あとから、読み終わった箇所を確認できますし。実は、このハイライトという機能に気がついたのも、今年に入ってからだったんです。
K 退屈を捌けるすべというのは大事なことです。
W 「退屈を捌けるすべ」というのは、しゃれた言い方ですね。ドイツの哲学者、ショーペンハウアーは、人間の幸福に対する2大敵手は、苦痛と退屈だと言っています。僕は、「人から離れるほど苦痛を逃れ、活字に近づくほど退屈を逃れる」と思ってるんですけどね。「人より活字が大切」というか。そういう意味じゃあ、高齢者の生活も悪くない。
K はい。今年に出た本ではありませんが、國分功一郎さんの「暇と退屈の倫理学」という本を今年読みました。これはとても面白かったです。
W そうですか。その本は是非、読んでみます。
それから、さっきのキンドルの話ですが、小説家や思想家の個人全集、それも手紙や日記や雑文も全て入った完全版とか、謡曲や歌舞伎の脚本の全集なんかも是非、電子書籍化してほしいものです。

  (201412月 東京・大泉学園にて)

<引用・参考文献>
芥川龍之介  戯作三昧  1917 
―――――  玄鶴山房  1927
―――――  保吉の手帳から  1923
森鴎外    鴎外漁史とは誰ぞ  1900
―――    Resignationの説  1909
太宰治    如是我聞  1948  
                     (以上 青空文庫より)

芥川龍之介  戯作三昧・一塊の土  新潮文庫 1968  
―――――  芥川龍之介書簡集(石割透編)岩波文庫  2009
新潮日本文学アルバム13  芥川龍之介  新潮社  1983  
関口安義   芥川龍之介  岩波新書  1995
吉本隆明   悲劇の解読(「芥川龍之介」を収録)筑摩書房  1979  
ウィキペディア  曲亭馬琴
――――――   渡辺崋山 

(凡例)
1、本ブログ(「ユースカルチャーの社会学Blog」)で引用した文献のうち、旧字、旧かなを、新字、新かなに直したところがあります。
2、読みにくい文字に読みがなを付け加えた箇所、また読みがなを省いた箇所があります。
3、読みにくい漢字を、現在一般的に用いられている漢字や、ひらがなに改めた箇所があります。

4、段落の最初から引用した箇所は一字下げていますが、段落途中からの引用は下げていません。            

2014年11月18日火曜日

第50章 判決

--判決」はドイツの小説家、フランツ・カフカが1912年に書いた短編小説。作者が29才の時の作品である。カフカは他に「変身」「」「審判」「断食芸人」等、多くの小説を書き、20世紀を代表する作家の一人と言われている。(まとめ・渡部)--

W 今回は、カフカの「判決」という短い小説です。カフカの作品は、現在、青空文庫に14点入っています。小池さんは彼の作品、なにか読んだことありましたか?
K 「変身」は読んだことがあります。
W 僕も中学生か高校生の頃、家にあった雑誌に「変身」が載っていて、読んだおぼえがありました。「判決」は最近、青空文庫で初めて読みました。
K 「変身」は、目が覚めると虫になっていた話ですよね。
W 今日は、この「判決」という作品について話し合いましょう。ただ、いわゆる「ネタバレ」になる可能性もありますので、小説本体を先に読んでいただくやり方もあると思います。
K たしかに途中まで予想していた結末とは違ったものが待ってますね。
W この「判決」という小説、岩波文庫の「カフカ短篇集」(池内紀編訳)の中にも入っていますが、21ページにしかなりません。典型的な短編小説ですね。小池さんは読んでどんな感想を持ちましたか?
K 不思議な話だなという印象でした。とらえどころがないというか。
W 僕はすごい小説だなと思いながら読んだんですが、本当のところ、よく分からないところもたくさんあるんですよね。それで、今日は小池さんにそのあたりを教えてもらおうと思ってるんですよ。
K 無理言わないでください。
W 2006年に公開された西川美和という女性監督の「ゆれる」という日本映画があったじゃないですか。僕はとても良い作品だなと思って見終わったんですが、肝心の部分がよく分からなかった。「分からないように作られている」とも言えると思います。それで、小池さんにメールして教えてもらいましたよね、一体どうなってるんだろうって。あの映画について、あなたが「看護教育」という雑誌に評論を書いていたのも覚えていたんで。
K はい。
W 「ゆれる」と「判決」ともに一番大切な部分がよく分からないように描かれています。そういう描写の仕方がとても魅力的に見えるということもあるんですね。「わけのわからなさの魅力」というか。2つの作品には、人が橋から落ちてしまうという共通点もあります。
K そういえばそうですね。

『判決』は一九一二年九月二十二日から二十三日の夜にかけて書かれ、十六年に出版された。この作品は、カフカの方法上の新しい転機を画した境界石と考えられている。カフカは、これを書いた年の八月にFB嬢と出会った。父との関係も年譜の冒頭にふれてあるように微妙なものであった。したがって、かなりな程度まで身辺の事情を反映しているものと見てよいであろう。この短編には『死刑宣告』という邦訳名も行われている。カフカはヤーヌフとの対話のなかで、この作品を「一夜の亡霊」と呼んだ。だが、あなたはそれを書いたではないか、という反論に対して、「それはただ確認の行為であり、それによって亡霊を防ぐわけです」と答えた。彼が文学作品に一種の浄化力を信じていたと受け取ってよいかもしれない言葉である。
 (原田義人「解説」世界文学大系58  カフカ  より)

W 上の引用は、青空文庫にも入っている原田義人さんの文章です。1960年というから、今から54年前に書かれたものですが。原田さんの年譜によりますと、FB嬢というのは、カフカが「判決」を書く一月前に知り合いになった女性です。のちに2度婚約して、2度破棄しています。
岩波文庫版の池内紀さんの訳では、「フェリーツェ・Bのための物語」という文字が「判決」というタイトルの横に書かれています。光文社古典新訳文庫版の丘沢静也さんの訳では、「ある物語 Fのために」になっています。青空文庫版の原田義人さんの訳には、なにも書かれていませんが。
K 二日で書いちゃったんですね。
W うらやましいなあ。「判決」と「死刑宣言」という2つの邦訳名があるそうですが、どっちがぴったりなんでしょうね?
K 「死刑宣言」よりも「判決」というタイトルのほうがぼやっとしていて読み進めていくうえでの意外性はありますね。
W なるほど。この作品が「一夜の亡霊」である、というカフカの言葉も面白いなあ。
K 今風にいうと病んでますね。
W あはは。そうかもしれませんね。

すばらしく美しい春の、ある日曜日の午前のことだった。若い商人のゲオルク・ベルデマンは二階にある彼の私室に坐っていた。その家は、ほとんど高さと壁の色とだけしかちがわず、川に沿って長い列をつくって立ち並んでいる、屋根の低い、簡単なつくりの家々の一軒である。
  (カフカ「判決」(原田義人訳)より)

W 上の引用は、この小説の冒頭部分です。なにか、とてものどかな滑り出しですよね。
K はい。
W この小説の主要な登場人物は、若い商人のゲオルク・ベルデマンとその父、婚約者、遠方にいる友人の4人だけです。婚約者と友人は主人公と父親の話の中に出てくるだけですから、本当の登場人物は主人公と父親の2人だけだとも言えますね。ある一日の数時間だけを描いています。
主人公のゲオルクは、遠方にいる友人に手紙を書こうとしています。ゲオルクは最近婚約したばかりで、そのことを、どう友人に伝えたらよいのか悩んでいます。どうして悩むんでしょうね?そのあたり、どうですか。
K その友人が苦境にあることが分かっているから、ねたまれたり卑屈になったりするのを恐れているんでしょう。
W 僕は、恋人のように仲の良い友人だったからじゃないかと思ったんですけどね。

「ゲオルク、あなたにそんなお友だちがいらっしゃるなら、あなたは婚約なんかなさらなければよかったんだわ」
「そうだ。婚約したのはぼくたち二人の責任だ。でも、今となっては、もう婚約を解消する気はないな」そして、彼の接吻を浴びながら、女が息をはずませて、
「でもほんとうからいうと私、その人のことが気になってしかたがないわ」といったとき、友人にいっさいを知らせてやることはそれほどあぶなかしいことでもない、とほんとうに考えた。
 (同上)

W ゲオルクは、この問題を婚約者に伝えたときの彼女との会話を思い出します。そのあと彼は、友人に自分の婚約を知らせる手紙を出すことを、同居している父親に知らせに行きます。

(前略)――それはともかく、今の問題、つまりその手紙のことだが、ゲオルク、わしをだまさないでくれ。ほんのちょっとしたことだし、息をつくほどのことでもないじゃないか。だから、わしをだまさないでくれ。いったい、そのペテルスブルクの友だちというのは、ほんとうにいるのかね?」
 ゲオルクは当惑して立ち上がった。
                   (同上)

W ここの「そのペテルスブルクの友だちというのは、本当にいるのかね?」という父親の言葉は、どう解釈したらいいんですかね?
K 最初はこれは認知症の話だと思いました。
W そうか。

「あのいやらしい娘がスカートを上げたからだ」と父は、ひゅうひゅう音がもれる声でしゃべり始めた。「あいつがスカートをこうやって上げたからだ」そして、その様子をやって見せようとして、下着をたくし上げたので、父の太股には戦争のときに受けた傷あとが見えた。
                (同上)

W 父親とゲオルクの婚約者は、うまくいっていなかったのかな?
K そうともとれますけど、はっきりとはわかりませんね。

「きょうも、お前がやってきて、お前の友だちに婚約のことを書いてやったものだろうかと聞いたとき、わしは愉快だったよ。あの男はなんでも知っているんだ、ばかめ、なんでも知っているんだぞ!お前がわしから筆記具を取り上げることを忘れたものだから、わしがあの男に手紙を書いてやったんだ。だからお前の友だちは何年も前からこっちへこないのだ。お前自身よりあの男のほうがなんでも百倍もよく知っているんだ。お前の手紙は読まないで左手のなかでくちゃくちゃにしてしまい、わしの手紙のほうは右手にもって読むために目の前に拡げるというくらいだ!」
 父は激したあまり腕を頭上で振った。「あの男はなんでも千倍もよく知っているんだぞ!」と、彼は叫んだ。
「万倍もでしょうよ!」と、ゲオルクは、父を嘲けるためにいった。しかし、まだ口のなかにあるうちにその言葉はひどく真剣な響きをおびた。
                   (同上)

W 父親がゲオルクの遠方の友人にいつも手紙を書いていたと言うのは本当のことなのかな?父親と、主人公の友人の関係はどうなっていたのかしら。
K この辺もはっきりしないですね。

「お父さんはぼくのすきを狙っていたんですね!」と、ゲオルクは叫んだ。
 同情をこめたように父はつぶやいた。
「それをお前はおそらくもっと前に言いたかったんだろう。でも今ではもうどうにも遅いよ」
 それから父は声を高めた。
「これでお前にも、お前のほかに何があるのかわかったろう。これまではお前は自分のことしか知らなかったのだ!お前はほんとうは無邪気な子どもだったが、それよりも正体は悪魔のような人間だったのだ!――だから、わしのいうことを聞け。わしは今、お前に溺死するように宣言する!」
 ゲオルクは部屋から追い出されるように感じた。彼の背後で父がベットの上にばたりと倒れる音が、走り去る彼の耳に聞こえつづけていた。階段をまるで斜面をすべるようにかけ下りていったが、部屋を夜の支度のやめに片づけようとして階段を上がってくる女中にぶつかった。
                      (同上)

W 「お前は悪魔のような人間だったのだ!」ですからね。ただごとじゃないな。このあたり、どうですか?
K やっぱりこれは一つの夢をそのまま描いたようなものなんじゃないですかね。だから、話の辻褄は当然合わない。
W カフカが魅力的な女性にであって、これまでの父や友人との関係の変更を無意識のうちに迫られた。罪悪感も持った。そこで夢を見た。その夢をそのまま小説にした。そんなところかしら。
このブログで「ロミオとジュリエット」を取り上げたとき、シェイクスピアの中で一番好きなセリフを聞かれて、僕は「タイタス・アンドロニカス」という作品の中の「悪魔ってものがあるなら,おれは悪魔になりたい」というセリフだと答えたんですよね。悪魔、そんなに嫌いじゃない。でも、父親に面と向かって、「お前は悪魔のような人間だ」と言われたらショックだったろうなあ。
K 悪夢と呼べるたぐいの夢ですね。
W 僕の父は、ちょうど30年前に死んだんですけど、寡黙な人でほとんど話をした事がありませんでした。「ジキル博士とハイド氏の怪事件」の回で、死ぬ直前の父親が病院で結婚について否定的な意見を僕に言った話をしましたけれど、この小説を読んでて、その時のことを思い出してしまいました。
日ごろ、ほとんど会話が無かったので、父が僕の事をどう思っていたのかは、よくわからなかったんです。互いに無口なんで、沈黙と言うか余白が多い。相手の考えていたことが全然わからない。ひょっとしたら、「お前は悪魔のような人間だ」と父親は思っていたかもしれないんですよね。まあ、大きな喧嘩をしたこともないし、一応勉強もできた、いわゆる「良い子」だったんですけど。この小説読んでてそう思いました。
少なくとも、「にんじん」の父親が妻について言った「わしがそいつを愛していると思うのか」よりは、「お前は悪魔のような人間だ」の方が可能性が高かったと思います。そんなことを、つい考えてしまいました。考えすぎなのかなあ。
K なんというか、この小説には信頼している人間関係がひっくり返される可能性のようなことが書かれているということかなと僕は思いました。

「お父さん、お母さん、ぼくはあなたがたを愛していたんですよ」そして、手を離して落ちていった。
 その瞬間に、橋の上をほんとうに限りない車の列が通り過ぎていった。
                        (同上)

W 父親に「わしは、今お前に溺死するよう宣言する!」と言われたあと、ゲオルクは家を飛び出し、橋の上から飛び降りてしまいます。このあたりの心理状態はどうだったんでしょうね。死ねと言われて、すぐ死んでしまう。
K 冷静さを失っていますね。
W 短いけど、とてもいろんなことを考えさせる面白い小説だと僕は思いました。
K そうですね。
W さっきもちょっと触れましたが、カフカの中では「変身」という中編小説が最も有名かもしれませんね。僕は今回、もう一度読んでみました。

ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっているのに気づいた。彼は甲羅のように固い背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、何本もの弓形のすじにわかれてこんもりと盛り上がっている自分の腹が見えた。腹の盛り上がりの上には、かけぶとんがすっかりずり落ちそうになって、まだやっともちこたえていた。ふだんの大きさに比べると情けないくらいかぼそいたくさんの足が自分の眼の前にしょんぼりと光っていた。
 「おれはどうしたのだろう?」と、彼は思った。
            (カフカ「変身」(原田義人訳)より)

W 上の引用が冒頭部分です。今回、小説のほかに「マンガで読破」というシリーズの「変身」も読んでみたんですけど、グレゴールが変身してしまう虫が、とても大きく描かれているんでびっくりしました。大型犬くらいありました。僕はもっと小さい虫だと思ってずっと読んでいたんですけど。たしかに、「巨大な毒虫」って書いてあるし、3人の下宿人が虫を見て驚くところなんかもあります。かなり大きかったんでしょうね。
K 昔読んだ「変身」では、たしか挿絵があって、それにも大きな虫が書かれていたと記憶しています。
W この小説も「判決」と同じ、家族の話ですね。毒虫になった主人公が死んで家族がほっとし、みんなでピクニックに行こうとするところなんか、とても切なかったです。いろいろな比喩としても読める話ですね。22章で取り上げたドストエフスキーの「鰐」のことも思い出しました。あれは、鰐に食べられちゃうんだけど。
K カフカは疑心暗鬼の人ですね。
W 僕の高校生から大学生の頃、この「変身」とフランスのカミュという作家の「異邦人」という小説が若い人の中でとても流行っていました。今でもこの2つの作品で夏休みの読書感想文を書く中高生、少なくないらしいですけど。「異邦人」は読んだことありました?
K あります。

僕は早口で少し言葉をとりちがえながら、また自分の滑稽さを意識しながら、あれは太陽のせいだと言った。広間のなかで笑い声がきこえた。弁護士は首をすくめた。
    (カミュ「異邦人」中村光夫訳 グーテンベルク21 より)

W アラビア人を殺した主人公の僕が、裁判で殺害理由を聞かれて「太陽のせい」と答える上記の部分がとても有名です。あとカミュにはペストの流行に立ち向かう人々の姿を描いた「ペスト」という長編小説もあります。これもとても面白い作品です。
 ただ、1970年代の日本で、カフカやカミュが若い人に、さかんに読まれたのは、実存主義という言葉の影響もありましたね。1970年代の前半、ちょうど僕の高校から大学生の頃ですが。高校生や大学生が知っている主義とかイズムと言うとマルクス主義と実存主義しかありませんでした。前者の影響力が圧倒的に強かったわけですが。構造主義もポスト構造主義も全くなかったわけです。
当時、実存主義で具体的に出てくる名前としては、サルトル、カミュ、それにカフカだったんだと思います。「実存主義って何ですか?」って聞かれても、良く答えられなかったと思うんですけど、なんか、かっこよかったんですよね。自分が強くなれたような気もしました、主義とかイズムと名のつくものを持っていると。本当は、実体の伴わない錯覚だったんでしょうけど。
ただ、今回、カフカの「判決」「変身」カミュの「異邦人」と読んでみて、「ここの文章は、日本語としてどういう意味か分からない」「何書いているのか分からない」といった難解さは一文もありませんでしたね。文章の意味は、間違いなくとれる。
実存主義について説明してる論文を読んでも難解で何を言いたいのかわからないことが多かったんですけど。題材になってている小説群はとても平易。僕ももう何年も生きられないだろうし、何言ってるのか分からない文章は読みたくないですね。
K なるほど。それはそうですね。
W サルトルでは、「嘔吐」という小説が有名で、マロニエの樹の根っこを見て吐き出しそうになる主人公が描かれていました。僕は大学時代、友人に「アジサイの花を見ると気持ち悪くなる」と言ったら、その友人が「それは実存主義だ」と言ってふざけあった思い出があります。最近の大学生は幼稚だとか言う人がいるけど、それだったら40年前の大学生だって幼稚だったんです。全然変わってない。
K ははは。
W 次の文章は夏目漱石が1912年に書いた「彼岸過迄」という小説の最初の部分です。1912年というと、今回の「判決」も書かれた年ですが。

実をいうと自分は自然派の作家でもなければ象徴派の作家でもない。近頃しばしば耳にするネオ浪漫派の作家ではなおさらない。自分はこれらの主義を高く標榜して路傍の人の注意を惹くほどに、自分の作物が固定した色に染めつけられているという自信を持ち得ぬものである。またそんな自信を不必要とするものである。ただ自分は自分であるという信念を持っている。そうして自分が自分である以上は、自然派でなかろうが、象徴派でなかろうが、ないしネオのつく浪漫派でなかろうが全く構わないつもりである。
 自分はまた自分の作物を新しい新しいと吹聴する事も好まない。今の世にむやみに新しがっているものは三越呉服店とヤンキーとそれから文壇における一部の作家と評者だろうと自分はとうから考えている。
 自分はすべて文壇に濫用される空疎な流行語をかりて自分の作物の商識としたくない。ただ自分らしいものが書きたいだけである。手腕が足りなくて自分以下のものができたり、衒気があって自分以上を装うようなものができたりして、読者にすまない結果をもたらすのを恐れるだけである。
 東京大阪を通じて計算すると、吾朝日新聞の購読者は実に何十万という多数に上っている。その内で自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、その何人かの大部分はおそらく文壇の裏通りも露路も覗いた経験はあるまい。全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろうと思う。自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている。
    (夏目漱石「彼岸過迄」より)

W カミュもサルトルも実存主義という名称で一緒にくくられて迷惑していたんでしょうね。二人は政治と文学をめぐって、後年、論争することになりますが。
K うん。
W 上の引用の漱石の文章、僕はとても好きですね。自分は自分で、それ以上でも以下でもない。主義とかイズムとか新しさというものは空疎なものだと言っています。
 漱石には「イズムの功過」という文章もあって、これも青空文庫に入っています。そこでは、イズムや主義を「文章でなくて字引」「中身のない輪郭」で、「会社の決算報告」「生徒の成績表」に匹敵すると言って、批判的に論じています。 
それから、これは作家や研究者に限りませんが、人を束ねて名前を付けると間違えをおかすことが多いんじゃないかな。信用できるのは、どこまで行っても人のレベルというか個人までで。人を束にして考えると必ず間違える。「実存主義は」と言うより、「カフカが」「カミュが」「サルトルが」と言った方が間違いが少ない。もちろん、同じ一人の人間が、時間と共に変わることはあるけど、それはしかたがない。
著作者の方から見ても、自分のことにしか責任持てない。他の人と一緒くたにされて、くくられても、どうしようもない。僕も自分の書いた事や言ったことには責任持ちますけど、自分以外の人間の言動には責任の持ちようがありません。それに、「教育社会学者なんだから」とか「教育社会学のくせに」とか言われても困ってしまいます。「そんなこと知らないよ」という感じです。小池さんの場合はどうですか?
K そうですね。だいたい名付けて満足している人っていうのは、実際には読んでいないことも多いですよね。
W なるほど、そうかもしれませんね。あと、カフカというと、大学時代の「カフカ全集」を思い出します。
K そんなの読んでたんですか?
W いや、読んでません。本当は「カフカ全集」ならぬ「可不可全集」です。「大学の成績表に可と不可が並んでいる」と言う。僕はそれに近かったですね。そういう友達も多かったですよ。理科系の事はわかりませんが、文科系の大学教員は、大学生の頃「可不可全集」の人が多かったんじゃないかな。
そのくせ、学生には、「授業にちゃんと出て、先生の話をよく聞け」とか言うんだから、矛盾しているというか、滑稽なんだけど。授業なんてあまり出ずに、家で寝ころんで、自分の好きな本とか読んでた人が多いんじゃないかと思いますよ。
K ええ。
W 大学で「優・良・可・不可」の「優」を取るって、将棋や囲碁で言うとアマチュアの4、5級になる位なものだと思うんです。センター試験で高得点取るのも同じですけど。それって、あまり意味のあることだとは思えない。それよりは、自分の好きなこと探して、それをじっくりやった方が、自分のためにはよっぽど良い。昔の大学は、それが可能だった。
でも今の大学は、成績表に良い成績がつくことを学生に強く求めています。個人成績の平均点なんて算出して。平均点が非常に低いと、単位を全部とれても卒業させないなんて大学もあります。「カフカ全集」じゃあ、卒業できない。そのため、学生も自分の成績に過度に神経質になっています。はじめに大学生が変わったんじゃなくて、まず大学が変わった。そして、その変化に大学生も付き合わざるを得なくなってきている。
見ていて可哀そうな気がします。「自分はカフカ全集だ」と言って笑い飛ばせるようなことが出来なくなってしまった。僕が前から指摘している「大学の学校化」の弊害の一つですけどね。
K まったくですね。
W ところで、前回のブログ「にんじん」について、僕の高校時代からの友人がメールをくれました。転載の許諾ももらえましたので、紹介したいと思います。僕たちのブログ、今回で35回目ですが、この友人は一度も欠かさずに感想を送ってきてくれていて、僕は大変参考になっています。これまで、ポーの「盗まれた手紙」、中島敦の「山月記」の感想については、このブログの中でも紹介しました。小池さんは、50年近くつきあっている友人なんていないでしょ。
K その質問シリーズ、一々答えるのに疲れました。
W 前にも聞いたか。

お元気でしょうか。

今年の3月に、ほとんど乗らなかった車の運転をやめ、もっぱら、徒歩たまに自転車というエコな生活をはじめて半年、これまで何の不自由もないことに驚いています。昭和30年代の生活様式に戻すとエネルギー問題の大半は解消されるそうですが、そう無理な話ではなさそうです。

ブログ拝見致しました。

ルナールの「にんじん」は小学生の頃、少年少女文学全集?の中に挿絵とともにあった、いじめられっ子のお話と記憶していました。今回、読んでみて、ちょっと残酷な内容もあるので、おそらくは子供向けにリメイクされたものだったのでしょう。
内容も憶えていなくて、最後まで読んだのかも定かではありませんでした。 

しかし、渡部君たちのブログのおかげで、この歳になって、この作品に出会え、ルナールという作家を知ったことはとても幸運な事だと思います。

にんじんは確かに、いじめられているのかも知れません。でも、まわりの誰よりもタフで、いい意味でしたたかです。その名の通り、自然の中に根を張って、水や空気だけで成長を続ける雑草のようです。そればかりか、見聞きした事をよく考え、自分の次の行動に生かそうとします。この辺りに「にんじん」が永く読まれている秘密がありそうです。作品中のエピソードも実に多岐にわたっていて、「にんじん」の中にすべてがあるという社会学者がいても不思議ではありません。

パッチワークのように、小さなエピソードが少年時代のイメージを生き生きと描き出す淡々とした表現の仕方はルナールの才能によるものです。父親との交流はほのぼのと心が和み、質の高いユーモアがあります。ルピック夫人でさえ、それほどひどい人とは思えないのは、ルナールが、嵐は立ち向かうべき相手ではなく避けるものであるように天変地異の一部として夫人の行動を描いているからです。ルナールは他人の心の中には決して立ち入れない事を知っているので、余計な想像によって恨みを増幅させたりしません。

「にんじん」の中には自然の優れた描写がいくつも出てきます。“木の葉の嵐”では自身が樹になったかのような感覚で描かれていますし、生き物を殺すシーンも、決してスイッチをオフするようにではなく、生命への執着とともにリアルに描かれています。
暑さ、寒さ、痛み、不気味さ、恐れ、心地よさすべてが自然界にあり、人と人との関係もそれら自然界のあるもののように捉える事で、破綻せず、たくましく生きていく知恵が「にんじん」にはあるように思えます。
前回のブログ「博物誌」の最後には森の樹々について、ルナールの思いが記されています。

「私は、彼らこそ自分の本当の家族でなければならぬという気がする。もう一つの家族などは、すぐ忘れてしまえるだろう。
この樹木たちも、次第に私を家族として遇してくれるようになるだろう。その資格が出来るように、私は、自分の知らなければならぬことを学んでいるーー」

ルナールが、幼い頃から自然の豊かなところで育ったことは、なによりの幸運だったと思えます。

また、ブログで良い本を紹介してください。楽しみにしています。
そろそろ寒くなってきました。お体を大切に。

W どうでしょう?
K 納得です。
W ルナールの「にんじん」という作品、僕の友人も小池さんも僕も、子どもの頃に読んでるんですよね。また、3人とも今回もう一度読んだんですが、感想がそれぞれみんな違う。特に僕の友人は、にんじんの生命力に着目しているのと、主人公と自然との関係にひきつけられています。僕は見落としていた点なので、とても興味深かったです。
K そうですね。
W この友人が作っている「佐鳴湖ウォーキングマップ」というサイトがあるので、紹介しておきます。小動物や鳥のきれいな写真も載っています。

佐鳴湖ウォーキングマップ   www.drake-d.jp/sanaruko_map.html


                        (201411月 東京・大泉学園にて)
 
<参考・引用文献>
カフカ  判決(原田義人訳) 1916
―――  変身(同上) 1915
―――  断食芸人(同上) 1922
―――  城(同上) 1922
―――  審判(同上) 1915
原田義人 解説(世界文学大系58 カフカ)1960 
―――― 年譜 (世界文学大系58 カフカ) 1960
ルナール 博物誌(岸田国士訳)1896
―――― にんじん(同上) 1894
夏目漱石 彼岸過迄 1912
     イズムの功過 1910
  (以上 青空文庫より)

カフカ   カフカ全集Ⅵ 日記  新潮社  1959 
カフカ   カフカ短編集(池内紀編訳)(「判決」を収録)岩波文庫 1987
カフカ   カフカ寓話集 (池内紀編訳) 岩波文庫 1998
カフカ   変身/掟の前で 他2編(丘沢静也訳)(「判決」を収録)光文社古典新訳文庫  2007
カフカ   変身―まんがで読破―(バラエティ・アートワークス)イースト・プレス 2008
カミュ   異邦人(中村光夫訳) グーテンベルク21  19422012  
カミュ   ペスト(宮崎嶺雄訳)新潮文庫 19471969
サルトル  世界の文学49 サルトル・ビュトール(サルトル「嘔吐」(白井浩司訳)を収録)1964 中央公論社  
池内紀  となりのカフカ  2004 光文社新書
―――  ちいさなカフカ  2000 みすず書房
ウィキペディア  フランツ・カフカ 2014

―――――――  実存主義 2014