2012年7月20日金曜日

第22章 鰐

--」は、ロシアの文豪ドストエフスキーの中編小説。1865年、作者44歳の時に雑誌「世紀」に発表された。主人公の友人のイワンが見世物小屋の鰐に食べられてしまう。だが、鰐の腹の中でイワンは死なず、外に向かって元気にはなしかける。そのため、鰐のまわりにいる人々は途方に暮れてしまう。この滑稽な小説を森鴎外が日本語に翻訳したのが、今からちょうど100年前の1912年だった。(まとめ・渡部)--
 

W 今回は「鰐」ですね。前回の「猿蟹合戦」から引き続いた動物シリーズです。ところで小池さん、「鰐」はどうですか、「鰐」は?

K どうって言われても困ります。

W 食べたことあるとか。

K あるわけないじゃないですか。

W 僕は、どっちかっていうと苦手なんですよね、怖いというか。もう20年以上前なんですが、ゼミの旅行で伊豆へ行ったんです。そうしたら、だれかが熱川にある「バナナワニ園」に行きたいと言いだしたんです。それで、しかたなくついていきました。一人じゃ絶対にいきませんけどね。「人間にはいろんな嗜好があるなあ」と妙に感心したことをおぼえています。

K 実際に見て、どうでしたか?

W 大きな鰐が何匹も、とぐろを巻いていて気持ち悪かったです。この世のものとは思えないって感じで。でも、あんまり気持ち悪かったんで、売店でぬいぐるみを買ってきちゃいました。



K なんか分裂気味ですね。よく、ぬいぐるみなんて買えましたね。

W 恥ずかしかったんで、ゼミの学生さんに頼んで買ってもらいました。「これを買って帰んなかったら男じゃない」って思ったんですよ、その時。それから、もう20年以上、大学の研究室に置いてあります。小池さんも見たことあるでしょ?

K はい。見て見ぬふりです。

W 初めて研究室に来た人には、かならず見せて「これ何に見えますか?」って聞くんです。鰐と答える人が90%くらい、答えなかったり、わからないと言う人が10%くらいかな。僕のおもてなしですね。先週も、初めて遊びに来た他大学の学生さんがいたので、試してみました。

K 先生、いくつでしたっけ?

W 今年の11月で60

で、実はこれウサギなんです。初めに質問した時に「ウサギ」と答えた人は、まだ一人もいません。これから現れるかもしれないけど。



W 「実は」とか言いながら、ぱっとウサギを出すと、みんな喜んでくれるんですよね。驚きと笑いが交差した表情が浮かぶんです。だけどそれが人によってみんな微妙に違っていて、こちらもとても楽しい気分になれます。「へえ、この人はこういう表情するんだ」って。笑い顔っていちばんいい顔なんじゃないかな、だれにとっても。20年ほど前、1人だけ、表情一つ変えずに、「それだけ?」と言った人がいましたけど。

K へえ。

W もちろん、あまり高齢の方にはやりません。万一という心配もあるから。僕ももうすぐ60歳になるし、これからはテーブルの上に鰐を黙って置いておいて、お客さんが他を見ているスキにパッとウサギにしちゃおうかな。

K これまでと、あんまりかわらないじゃないですか。進歩がないなあ。

W そうかな。相手の反応が楽しみだなあ。

ただ、僕はずっと、このぬいぐるみは「ウサギがワニの衣装を着ている」と思ってたんです。だけど、今回このドストエフスキーの小説を読んでいて、ひょっとしたら、「ワニに食べられちゃったウサギ」なのかもしれない、と思うようになりました。それにしては、ウサギの表情が明るくて元気なんですけど。

K 小説のなかで鰐に食べられちゃった人もわりと元気ですよね。

W あと、ワニというと、これは何で読んだかも覚えてないんですけど、ジャングルの中でライオンかトラかに追いかけられていた人が水辺まで来て、これで逃げられると思ったら前にワニが大きな口をあけて待っていた、という話があったんです。

K 絶体絶命ですね。それで、どうなったんですか?

W もうどうしようもないと思って、目をつぶって飛びあがったら、追ってきた獣をワニが食べちゃった、というんです。いい話でしょ、めでたし、めでたしで。

K どっかで聞いたことあるかも。

W 鰐って、人や動物を食べちゃうというイメージがどうしてもつきまとうんですね。今回のドストエフスキーの小説もまさにそうなんです。

 少し筋を追ってみましょう。



 この記念すべき日の午前程、イワンが良い機嫌でいた事はない。これも人間が目前に迫って来ている出来事を前知する事の出来ない一例である。

(「鰐」より)



W ここは最初の部分です。主人公の己(おれ)が友人のイワンとその奥さんのエレナと、見世物小屋に鰐を見に行くことになります。よく、「未来を予知できるとか」、「何か予感がした」といういいかたがあるでしょ。ドストエフスキーは「前知することはできない」と言っているわけですけど、小池さんはどっちですか?

K まあ、ものは言い様ですね。

W 僕は「前知できない派」ですね。特に、よくない出来事って本当にまえぶれがない。災厄って自分の中からではなく、外から一方的にやってくることが多いからだと思いますけど。イワンは突然、鰐に食べられてしまいます。



 なんと云ふ事だらう。気の毒なイワンが鰐の恐ろしい口の中で体の真ん中を横銜へにせられているのである。水平に空中に横はつて、イワンは一しよう懸命手足を動かしていたが、それは只一刹那の事で、忽ち姿は見えなくなった。

 かう云つてしまえばそれまでだが、この記念すべき出来事を.己は詳細に話さうと思ふ。己はその時死物のやうになつて、只目と耳とを働かせていたので、一部始終を残らず見ていた。想うに、己はあの時程の興味を以て或る出来事を見ていた事は、生涯又となかっただろう。その間多少の思慮は働いていたので、己はこんな事を思った。「あんな目に逢うのがイワンでなくて、己だったらどうだらう。随分困ったわけだ。」それはさうと、己の見たのはかうである。

 鰐は先ず横に銜へていたイワンを口の中で、一捏捏ねて、足の方を喉へ向けて、物を呑むような運動を一度した。イワンの足が脹脛まで見えなくなった。

(「鰐」より)



W ここのところ、イワンが鰐に食われてしまう描写がとても詳しいんです。引用したのは一部分ですけど。森鴎外が、どんな顔して、このあたりを翻訳してたのかを想像するのも楽しいです。



生きた人間の頭が、その時突然現れて又隠れたのは如何にも恐ろしかつた、がそれが又同時に非常に可笑しかった。事が意表に出た為か、それともその出没の迅速であつた為か、それとも目金が鼻から落ちた為か、兎に角非常に可笑しかった、己は大声で笑った。無論己も直に気が付いた。どうも一家の友人の資格として、この際笑ふのは穏当でないに相違ない。そこで早速細君の方に向つて、なるべく同情のある調子で云った。「イワン君は兎に角これでお暇乞ですね。」



己はエレナを宥めて内へ帰らせようと思って、割合に落ち着いた調子で云った。「兎に角鰐の腹を切り開けたところで駄目でせう。察するにイワン君はもうとつくに天国に行つているのでせうから。」

この時思い掛けなくイワンの声がしたので、一同はぞっとした。「君、それは間違っているよ。第一この場でどうすれば好いかと云ふに、何より先に区内の警察署に知らせなくては行けない、どうせ警察権を楯にしなくては、そのドイツ人に道理を呑込ませる事は出来ないからね。」

(「鰐」より)

                  

K 当然、死んでしまったと思っていたら、実は生きていたんですね。

W そうなんです。



「まあ、どうしてあんな所へ這入つたものでせうね、今では誰と話をする事も出来ないで、ぼんやりして坐つている事でせう。それに真つ暗だと云ふぢやありませんか、ほんとにこんな事があると知ったら、宅に写真を撮らせて置くのでしたつけ。わたし今は一枚も持つていませんの。ほんとにかうなつて見れば、わたしは後家さんのやうなものですね。さうぢやありませんか。」人を迷はせるような微笑をして云ふのである。細君は自分が未亡人のやうな身の上になつたと云ふ事に気が付いて、それをひどく興味があるやうに思つているらしい。暫くして細君は云った。「ですけど、気の毒な事は気の毒ですわね。」

(「鰐」より)



W イワンの妻のエレナは、もともと鰐を見たいと言い出した張本人なのに、鰐に食われてしまった夫に冷たい態度をとり始めます。



「この鰐の腹の中は実に想像の出来ないほど伸縮自在だからね。君に好意があって、僕の無聊を慰めてくれようと思ふなら、直ぐにここへ這入つて貰ふだけの場所は楽にあるのだよ。実は万止むを得ない場合には、内のエレナにここへ来て貰はうかとも考へて見たよ。」



「わたし厭だわ。厭だわ、厭だわ、厭だわ。もうそんな事を仰っては厭。ほんとに厭な方ね。今にあなたはわたしを泣かせてしまつてよ。あなたそんなに鰐の腹の中がお好きなら、ご自分で這ひ込んで入らつしやるが好いわ。あなた宅のお友達でせう。恋愛の為に這ひ込むのが義務なら,友誼の為めに這ひ込むのも義務でせうから、あなたが這ひ込んで、生涯宅と一しよにいて、たんと喧嘩をなさるとも、いつもの退屈な学問のお話しをなさるともなさるが好いわ。」

(「鰐」より)



W イワンは、妻と友人に、一緒に鰐のお腹に入らないかと持ちかけるんですが、二人にはそんな気が全くありません。

 この小説には、この3人以外に鰐の飼い主のドイツ人夫婦、警官、イワンの同僚、見世物小屋の客などいろんな人物が登場します。小池さんは、この小説をどう読みました?

K そうですね。ドストエフスキーって難しいものしかないと思っていたんで、意外でした。いい具合にくだらない話ですね。

W 僕は登場人物の心理描写がすごくリアルで面白かったですね。鰐に食われて、腹の中から話しかけるというところだけはリアルじゃないんだけど、逆にそのことが、他の部分のリアルさを、より引き立てているというか。スイカ食べるときの塩みたいなもんで。

 それで、鰐に食べられちゃったイワンにしても、まわりの人間にしても一人残らずエゴイストなんですよ。結局、みんな自分ことしか考えていない。このとんでもない事態のなかで、自分が損をしないようにするにはどうしたらいいのかばかり考えている。作者が登場人物をまったく甘やかさない。主人公の己(おれ)に対してもね。

K スイカの塩っていうのは、いいたとえですね。

W 僕がこの小説を読んで、ちょっと似てるなあと思ったのは、川島雄三監督の「しとやかな獣」という映画です。若尾文子が主演で、先日亡くなった新藤兼人が脚本を書いていましたけど。そういえば、この映画のタイトルにも「獣」の文字が出てきますね。新興団地の一室にカメラを据えた舞台劇のような映画で、登場人物がすべて悪人という大胆な作りになっています。高度成長期のどこかデカダンな日本社会の雰囲気をよく伝えています。

 この作品の中で伊藤雄之助が演じる元海軍中佐の父親が「人は自分の立場によって、勝手なことを言うもんです」というところがあります。本当は、このお父さんが一番悪いんだけど。

このセリフは、「鰐」の登場人物、全員に当てはまりますね。もちろん「しとやかな獣」の登場人物のように犯罪や法律スレスレのことをするわけではないんですけど。だれもが、自分の立場を守るために、自分勝手な理屈をつくりあげちゃう。

 芥川の「猿蟹合戦」では、識者が事件について自分の立場から勝手なことを言うわけですけど、この「鰐」では、事件の当事者やまわりの人間が勝手なことを言うという形になっています。

K ドストエフスキーは、どんなつもりでこの小説を書いたんでしょうか?

W 彼は、1873年の「作家の日記」でこの作品について、次のように語っています。



私はゴーゴリの短編『鼻』を真似て、一つのファンタスチィックな物語を書こう、と思いついた。わたしはまだ一度もファンタスチィックなものを書いたことがなかった。それはただ読者を笑わせるための純文学的な悪戯なのであった。実際、ある滑稽なシチュエーションが想像に浮かんだので、私はそれを展開させたかったのである

(「ドストエフスキイ前期短編集」の江川卓の解説より)



W ゴーゴリの「」は青空文庫にも入っていますが、19世紀のロシアで非常に話題を呼んだ作品です。ある人間の鼻が体から離れて自分の意思で行動しようとするという小説です。考えてみると、ちょっと気持ち悪い話ですが。

 「鰐」についての解説をいろいろ読んでみると、政治犯として捕まった論敵の思想家をからかったものだとか、いろんな説があるようです。ただ、本人がはっきりと、「ファンタスチィックな物語を書きたかった」と言ってるわけですからね。素直にそう考えていいんじゃないでしょうか。

K 「鰐のお腹の中」って、何かの象徴なんでしょうかね。

W そのあたりは、よくわかりません。ただ、ドストエフスキーも政治犯として捕まって、シベリアの監獄で5年ほど過ごしているんですよね。監獄とか病院って、鰐のお腹に似てるんじゃないかな。シベリアのあと、軍隊にいかされて、退役したのが「鰐」を書いた6年前(1859年)なんです。 

僕は、2回ほど鰐に食べられちゃったことがあって、一度は幼稚園に通っていた時、法定伝染病で1カ月ほど、大きな病院に隔離されました。2度目は、昨年の病気で3カ月ほど入院しました。どちらも病室から外に出られなかったので、自由な空間がベットまわりしかないんですよね。まさに、鰐のお腹みたいなもんで。

K ああ、あそこは鰐のお腹の中だったんですね。

W これは自分でも本当に不思議なんですけど、50年以上前の入院の方が、去年の病院生活よりよく覚えているというか、輪郭がはっきりしてるんです。黒塗りの立派な車が家まで来て連れて行かれたとか、看護婦さんにちょっと傷つくようなこと言われたとか、よく覚えています。病院以外のことは、ほとんど忘れているんですけどね、幼稚園のこととか。あの6歳の時の1ヶ月の入院は僕の性格形成に大きな影響があったと思いますね。たぶん、入院しない方がよかったんじゃないのかな。

 それに比べると、去年のことは「あれはどうだったんだっけ?」と意識的に思い出そうとしないと出てこないんです。この小説のイワンと同じで、勝手なこと考えて、まわりに迷惑かけていたようにも思いますが。「人柄が大きく変わった」とか、そういうことはなかったですね。

K そうか。その子供の時の入院がなければ、と考えると大いに悔やまれますね。

W それから、ドストエフスキーは、「鰐」の5年前にも『死の家の記録』という長編小説でシベリアの監獄時代の経験を書いています。



ドストエフスキーについて

W ところで小池さん、ドストエフスキーはどうですか?何年か前に「カラマーゾフの兄弟」読んでましたよね。

K 新訳っていうことで出ていたので、読んでみました。それで興味をもって「罪と罰」と「地下室の手記」も読んだと思います。まあ、そんなに読みやすくはないですね。

W 僕は読んだことがある作品とない作品があります。最初に読んだのは、高校時代の「地下室の手記」ですね。実は、この作品が今でも一番好きなんです。今回、調べてみて「鰐」の前年に書いたということがわかって驚きました。二つの作品の雰囲気が全く違うんで。

 ドストエフスキーって、世界中で一番有名な小説家かもしれませんが、どこがよいのか読者によってみんな違うんじゃないでしょうか。僕にとっては、新しい二つのタイプの人間像を作りだした点ですね。

 一つは、前回の21章で引用した坂口安吾の文章にもある「カラマーゾフの兄弟」のアリョーシャです。安吾は、「とうとうキリストを作りやがった」と言っていますが。「白痴」のムイシキン侯爵もよく似たパーソナリティーですね。「白痴のように無垢な人」という意味ですが。接した人だれもが彼を肯定的にとらえざるを得ない、おだやかな人柄です。社会的には決して成功しないし、精神医学的には病者と見なされてしまうのですが、まわりの人間すべてを優しく豊かな気持ちにさせる。このムイシキン公爵とアリョーシャを具体的な人物として作りだしたことがドストエフスキーの大きな功績だと思います。

「カラマーゾフの兄弟」は、前編だけ青空文庫に入っていて、後編も準備中だそうですから、いつかこのブログでも取り上げましょう。

 もうひとつ、ドストエフスキーが作り上げた独創的で圧倒的な深さをもった人物が、この「地下室の手記」の主人公なんです。この作品の2年後に書いた「罪と罰」のラスコリニコフという22歳の元大学生や「カラマーゾフの兄弟」のアリョーシャの兄のイワンの中にもこの人物の影響が見られます。

 

「ドストエフスキーの略年表」

1821年  生誕

1860年  死の家の記録 

1864年  地下室の手記

1865年  鰐

1866年  罪と罰、 

1868年  白痴

1879年  カラマーゾフの兄弟

1881年 60歳で死去    

(中村健之介「ドストエフスキー人物事典」の略年譜より抜粋)



W 上の略年譜を見ると作品の時代分布がわかります。「地下室の手記」はフランスの小説家のアンドレ・ジッドが、「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と呼んだことでも有名ですが。この作品がなかったら、後期の巨大な作品群は生み出されなかっただろうと言われています(江川1969)。

少し「地下室の手記」から引用してみましょう。主人公は40代の退職した役人です。親戚の遺産が入ったので、勤めを辞めて家の中でじっとしています。今だったら、「ひきこもり」とか言われちゃうかもしれませんね。



ぼくは意地悪どころか、結局、何者にもなれなかった――意地悪にも、お人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも。かくていま、ぼくは自分の片隅にひきこもって、残された人生を生きながら、およそ愚にもつかないひねくれた気休めに、わずかに刺激を見出している、――賢い人間が本気で何者かになることなどできはしない、何かになれるのは馬鹿だけだ、などと。さよう、十九世紀の賢い人間は、どちらかといえば無性格な存在であるべきで、道義的にもその義務を負っているし、一方、性格をもった人間、つまり活動家は、どちらかといえば愚鈍な存在であるべきなのだ。これは四十年来のぼくの持論である。



だが、くどいようだが、ぼくは百度でもくり返して言いたい。たった一度、ほんとうにたった一度だけかもしれないが、人間がわざと意識して、自分のために有害な、おろかなこと、いや愚にもつかぬことを望む場合だって、たしかにあるのである。それも、ほかでもない、自分のために愚にもつかぬことまで望めるという権利、自分のためには賢明なことしか望んではならないという義務にしばられずにすむ権利、それを確保したい、ただそれだけのためにほかならないのだ。(中略)特殊な例をとるなら、たとえばそれが明白に害をもたらし、利益についてのぼくらの常識のもっとも健全な結論に反するような場合でさえ、やはりそれはあらゆる利益よりもさらに有利なのかもしれない。というのは、すくなくともそれが、ぼくらにとっていちばん大事で重要なもの、つまり、ぼくらの個と個性とをぼくらに残しておいてくれるからである。



だが、そうなったら人間は、わざと狂人になってでも、理性を振り捨て、自我を押しとおすだけの話である!ぼくはこのことを信じている。掛け合ってもいい。なぜといって、人間のしてきたことといえば、ただひとつ、人間がたえず自分に向って、自分は人間であって、たんなるピンではないぞ、と証明しつづけてきたように尽きるようにも思えるからだ。

(「地下室の手記」より)



W この中編小説は2部構成になっているんですが、第1部では、この元役人が自分の哲学を披歴するわけです。「あらゆる意識は病気だ」とか「考える人は行動しない」「人間は苦痛を愛する」「二二が四は気にくわない、死の始まりだ」「何もしないのが一番いい」といったことも述べています。



結局のところ、諸君、何もしないのがいちばんいいのだ!意識的な惰性がいちばん!だから地下室万歳!というわけである。ぼくは正常な人間を見ると、腸が煮えくり返るような羨望を感ずると言ったけれど、現にぼくが目にしているような状態のままでは、正常な人間になりたいとはつゆ思わない。



そうなんだよ!ぼくに必要なのは安らかな境地なんだ。そうとも、人から邪魔されずにいられるためなら、ぼくはいますぐ全世界を1カペーカで売りとばしたっていいと思っている。世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めなくなるのと、どっちを取るかって?聞かしてやろうか、世界なんて破滅したって、ぼくが茶を飲めれば、それでいいのさ。

(「地下室の手記」より)



W 第2部では、彼の地下室の外での行動が回顧されます。

K どう考えても、うまくまわりに適応できそうにない人ですよね。

W そうなんです。連戦連敗って感じかな。なにをやっても必ず失敗する。自意識でがんじがらめになっちゃって。僕は、自分のことを書かれているんじゃないかと思って読んじゃいましたけどね。高校時代も、最近も。

K 僕もこの小説を読んでいるときに何度も先生のことを連想しました。



「あれほどの大事を決行しようとしているのに、こんなつまらんことにびくびくするなんて!」彼は、奇妙な薄笑いを浮かべて考えた。「ふむ…そうか…人間というやつは、いっさいを手中にしているくせに、弱気ひとつがたたって、みすみすそのいっさいを棒にふっているわけなんだ…こいつはまちがいなく公理だぞ…だいたい、人間は何をいちばん恐れている?新しい一歩、自分自身の新しい言葉、それをいちばん恐れているじゃないか…それにしても、おれはどうもおしゃべりがすぎるな。おしゃべりがすぎるから、何もしないんだ。いや、待てよ、何もしないから、おしゃべりをするのか。こんなおしゃべりの癖がついたのも、おれがこの一カ月、のべつ部屋にばかりごろごろして、考えごと…なに、ゴロフ王がどうのと愚にもつかんおとぎ話をでっちあげていたせいだ。ところで、おれはいまなんの用で出てきたんだっけ?いったいおれにあれができるんだろうか?あれはまじめな話なんだろうか?よせやい、なにがまじめな話しなもんか。空想をもてあそんで、自分の慰みにしていただけじゃないか。つまり、玩具だったのさ!そう、玩具というのが、どうもぴったりするようだな!」

(ドストエフスキー「罪と罰」江川卓訳、岩波文庫1213ページ)



W 上の引用は、「地下室の手記」の2年後に書かれた「罪と罰」の冒頭です。こうして並べて置いてみると、「地下室の手記」と「罪と罰」ってつながってるんですよね。このことは多くの人が指摘していますけど、2人の主人公のパーソナリティーとか考えていることが、すごく似ている。「地下室」では自分の部屋にじっとしていたのが、「罪と罰」では、街に出てきて歩きまわるんです。

ここで書かれている「おしゃべり」って、頭の中でのおしゃべりというか妄想のようなもんで、「あれ」とか「あれほどの大事」というのは、知り合いの金貸しのおばあさんを殺してしまうことです。「おしゃべりがすぎるから、何もしないんだ。いや、待てよ、何もしないから、おしゃべりをするのか」ってあたり、怖くないですか?僕なんか、よくわかっちゃうところがあって、怖いんですけど。「おしゃべり」と「何もしないこと」の因果関係ってどうなってるのかな。「おしゃべり」が先なのかなあ?

K うんうん。そのあたり、わからなくはないですね。



 それはともかく、ドストエフスキーはこの「絶望の分析」において、おそらくは前人未到の境地まで到達した。「意識は病気である」というテーゼを、彼は文体そのものによってさえ表現している。『地下室の手記』一編のモノローグには、おそらく他者を、さらには他者の意識に映る自己を意識していないような文章は、一つとしてないだろう。かくして意識は、二枚の合せ鏡に映る無限の虚像の列のように不毛な永遠の自己運動をくり返し、ついになんらの行動にも踏み出すことができない。ただ、その無限の像の彼方に、これまでだれものぞき見たことのないような実存の深淵を見いだすだけである。これが<地下室>にのめりこんでしまった者の運命でもある。 

(江川卓「地下室の手記」新潮文庫 解説より)



W 新潮社文庫の「地下室の手記」も、岩波文庫の「罪と罰」も、亡くなったロシア文学者の江川卓さんの翻訳なんですけど、彼の翻訳って抜群にいいと思います。上の文章で「『意識は病気である』というテーゼを、かれ(注―ドストエフスキー)は文体そのものによってさえ表現している」と書いていますけど、江川さんの翻訳って、それをそっくりそのまま日本語に移しかえることができてるんですよね。それまで「地下生活者の手記」という邦題だったのを「地下室の手記」に直したのも江川さんですし。

 最近「地下室の手記」って、なぜか日本で静かに流行っていて新訳がいくつか、それに漫画も出ているんですけど、僕はいまだに江川さんの訳が圧倒的にいいと思いますね。ドストエフスキーの「息を呑むような」という調子にぴったりです。

ある新訳本の訳者は、あとがきで、自分は主人公にあまり共感できなかったと書いているんですけど、そういう人には翻訳とかしてほしくないなあ。ドストエフスキーがかわいそうな気がします。小池さんが読んだのは、たぶんその訳者の本ですよ。

K ドストエフスキーはこの主人公を肯定的にとらえてるんでしょうか。

W 僕はそうだと思いますね。いろいろ批判めいたことも書いているけど、根っこのところに強い共感がある。自分にも同じところがあると思わなければ、こういうものは書けませんよ。

 でも、文学の世界って、うらやましいですね。社会学ですと、マックス・ウエーバーやエミール・デュルケムの本には複数の日本語の訳本がある場合もあるけど、たいていは一種類しかないですからね。書いてある日本語が意味不明というか、よくわからなくても、がまんして読まなきゃいけない。もちろん、ドイツ語やフランス語でも原文で読むべきだと言われてしまえば、何も言い返せないんですけど。

ドストエフスキーの小説って、いろいろな訳本から選べる。旅行するとき、一緒に行く人を選べるようなものかな。長編小説を読むのは長い旅行に行くようなもんですからね。気の合わない人とは絶対にうまくいかない。

「カラマーゾフの兄弟」は、中公文庫の池田健太郎さんの5巻本で読んだんですけど、これも、おちついた、とっても良い訳でした。

K 「地下室の手記」が最近、日本でブームになっているという話でしたが、それはどうしてなんでしょうか。

W 日本人の意識のある部分がドストエフスキーに追いついてきたというか。僕はとくにそれを若い人に感じますけど。ごく普通に「わかる、わかる」っていう人がふえているんじゃないのかな。

それに「ひきこもりだ、ニートだ」って言って若い人を、上の方や遠くの方から批判したって意味ないでしょ。どんな対象でも、肯定的に見るというか、いったんは寄り添わなきゃ。ドストエフスキーは150年近く前にそれができていた。日本でいうと江戸時代の終わり頃ですけどね。もちろん、作家本人にこの主人公のような資質が充分にあったことも大きいんでしょうけど。

 僕は、この「地下室の手記」という小説を、まだ大学生の頃、読書会に持ち出して、参加者に読んできてもらったことがあるんですよ。もう40年近く前かな。教育社会学をやってた人たちのグループでしたけど。

K 「教育社会学の読書会でドストエフスキー」ですか。昔から、全然空気読めない人だったんですね、先生は。

W あはは。本当にね。他の大学から、かわいい女子学生も来ていて、けっこう頑張ったんですけど、結果は散々でした。ケチョンケチョンというか。正確に言うとドストエフスキーがやっつけられたわけじゃなくて、僕がやっつけられたんですけど。その時、ある友人にマルクスのなんとかっていう論文だか本だかを読んだ方がいいって、忠告してもらったことをよく覚えています。結局、読まなかったけど。今になってみると、その友人にはこの小説のもつ深刻さや重大さがよくわかっていたんだとも思えます。

 日本の教育社会学でいうと、40年前も現在もマルクスは、さほど場違いではないですね。「場違い感」が40年前より今の方が、少し強く出てきているとは思うけど。でも、ドストエフスキーを持ちだすのは、40年前も現在も圧倒的に場違いなんです。「アホか」って感じで。そこは全く変わっていない。僕は、ちょっと不幸なことだと思いますけどね。



20127月 東京・大泉学園にて)





<参考・引用文献>

ドストエフスキー 鰐(森鴎外訳) 1865

―――――――― カラマーゾフの兄弟・上(中山省三郎訳) 1879

ゴーゴリ 鼻(平井肇訳) 1836

(以上、青空文庫より)

ドストエフスキー 鰐――ドストエフスキーユーモア小説集(沼野充義編 「鰐」は原卓也の訳) 講談社文芸文庫 2007

――――――――ドストエフスキイ前期短編集(米川正夫訳 江川卓解説) 福武文庫 1987

――――――――死の家の記録(工藤精一郎訳) 新潮文庫 19731860

――――――――地下室の手記(江川卓訳) 新潮文庫 19691864

――――――――罪と罰(上)(中)(下)(江川卓訳) 岩波文庫 19991866)  

――――――――白痴(木村浩訳) 新潮文庫 2004(1868)

――――――――カラマーゾフの兄弟1-5(池田健太郎訳) 中公文庫 19781879

中村健之介 ドストエフスキー人物事典 講談社学術文庫 20111990

渡部真 青年の犯罪について――ドストエフスキーの『罪と罰』と『地下室の手記』から『現代青少年の社会学』 世界思想社 2006